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「心配なんだよねぇ。あの噛み痕もすっかり消えちゃったでしょ?」
その過去を思い出して、腕の中から逃げ出ると、東舘さんに向かって声を荒げた。
「それなんすけどっ!マジねえよ!なんであんな事したんすか!?」
「えー?」
「えーじゃねぇっすよ!隠す身にもなれよ!変な噂たったらどうしてくれんすか!?」
「ふふ……」
「笑い事じゃなくてっ、そういうの、本当困るっー」
「困れよ」
ヘラヘラしてた東舘さんの顔から突然笑顔が消え、冷ややかに言い放たれた。
「怒りたいのは俺もなんだけどさぁ……まぁ、取り敢えずさっさと教えてくれる?藏元くんと何があったのか」
言う気はないけど、いつもの調子で今の東舘さんに反抗できる勇気もなくて。俺はただ足元に視線を落とした。
「あいつ夏休みに入ってから髙橋と一緒にいるところよく見かけるけど、あのふたりが付き合い始めたって話、本当なの?」
その話に、内心衝撃を受けた。
そうなの……?いつから……?俺の帰省中にそんな進展してたなんて……。俺は……自覚するの、遅すぎたんだ。
「……なりちゃん」
「……ぇ」
ショックを無表情の後ろに隠してた俺の手を取って、指を絡めてきた東舘さんは再び笑顔をつくった。
「また独りだね」
ドクン、と心臓が跳ねた。
「でも、今までと同じように、とはいかないでしょ?」
握られた手から、全身に毒が巡るかのように、動けなくなっていく。
「誰か傍にいてよ……そう思わない?」
刃みたいな言葉を、甘い声で囁いてくる。
「独りは嫌だって、みんな当たり前に思ってるよ」
俯く俺に、優しく、甘く、告げる。
「だからさ、なりちゃん。深刻に考えないで、俺のところにおいでよ。」
“独りじゃ、なくなる”
そんな言葉が脳裏を過って東舘さんの瞳を見つめ返したとき、背後から声をかけられた。
「東舘先輩と……成崎?」
肩を大きく揺らして振り向いた先、立っていたのは髙橋と、藏元だった。
髙橋は驚いた顔をしたまま、口を開いた。
「え、と……邪魔した……?」
髙橋が言いながら俺の手元を見るから、そこで漸く我に返った俺は東舘さんに握られていた手を思い切り振り払った。
「大、丈夫!全然、」
「あーあっ!せっかく告白してたのに台無しだよっ」
ポケットに手を突っ込んで上を向いて大声で言う東舘さんにギョッとする。
「や、やっぱそうっすよね……!」
青冷める俺を余所に髙橋は素直に照れる。藏元の顔は、恐くて、見れない。
「……で、ふたりは?これから出掛けるの?」
「ぁ、はいっ。ちょっと街に」
「ふーん。仲いいんだねぇ藏元くん」
「はい」
わざと藏元に返事を求めた東舘さんに、藏元は淡々とした口調で即答した。
仲いい……だよね。つーか、付き合い始めたなら、それ以上……
「なんか前にもこんなやり取りしたよねぇ」
もう、いい……分かったから。自覚するのも、受け入れるのも遅かった、俺が全部悪いから。
「……寮に戻ります」
続いている会話を一方的に終わらせて、俯いたまま藏元の横を通り過ぎる。
「あーもうほらぁ。なりちゃん行っちゃったじゃーん」
後ろで東舘さんが何を思ってか、そんなことを言った。
「俺にはどうすることもできないです」
藏元の一言を聞いて、聞きたくない会話ほどしっかり聞こえてくるんだなって、他人事みたいに思いながら歩いた。
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