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我が儘…………。
遠慮するなと、もっと自己主張しろと、俺は思ってた。そして確かに言った。
……けど。けどっ!
このタイミングで言うかぁっ!?
「……っ、ちょっと……あの……」
「…………」
「……ぁ……ぉ、俺っ……!」
ぐぅううぎゅるるるぅう……
「…………」
「…………」
盛大に腹が鳴った。雰囲気を台無しにしたのは自覚してる。でも空腹はコントロールできるものじゃない……だろ?
恥ずかしさに赤面する俺。藏元は肩を震わせつつも笑いを堪えている。
「……そうだった。腹減ったって言ってたよね」
「っ……ほんと、空気読めなくてごめん……」
「あはは」
俺から離れた藏元はここに来たときに持っていたビニール袋を手に取ると中身を差し出してきた。
「はい」
「ぇ……焼きそば?」
「さっき、広場の出店で買ってきた。ちょっと冷めちゃったけど」
「ありがと……」
なんて気遣いのできる子なんだ藏元!いつか恩返しできるように頑張るっ……!
藏元に感謝して、パックを開け割り箸で焼きそばを口に運ぶ。
「…………うまい」
「よかったね」
「……染みる」
「そこまで?」
クスッと笑って藏元はペットボトルの水を飲んだ。
俺が空腹を満たそうと黙々と食べている最中ずっと、何故か藏元は頬杖をついて無言で見てくる。
「…………何?」
「ん?」
「……ぁ、食べたい?……とか?」
「ううん」
「……ぁ、代金?」
「あはは、俺の奢りだよ」
「…………じゃあ……」
「食べ終わったら、恋人らしいこと出来るかなって思って」
「ぐっ!?!?」
「ぁ大丈夫?」
差し出された水を流し込みながら、爽やかに笑う藏元を睨む。
今の、今のはっ……絶対わざとだっ!!
「ぷは……お前……なんでサラッとそんなこと言えんの?自然と王子様キャラになれるわけ?」
「キャラとかじゃないけど……でも、」
「?」
「好きな子には、俺にキュンキュン?してほしいじゃん」
「ーーーーーーっ!?!?」
こ、こいつ本領発揮したらとんでもないヤツだ!!今の笑顔、眩しすぎて見れないんですけど!!イケメンが“きゅんきゅん”とか言ってるよ!対象者を心臓発作で殺す気だ!!
「……ハハ……」
「まぁ、成崎は一筋縄じゃいかなそうだから、頑張るよ」
藏元よ……俺を買い被ってるぞ。俺は何処にでもいる凡人。特にこれといった取り柄もない普通の……モブ1。藏元が頭を悩ませるくらいの存在じゃないと思うぞ。
「……その……俺も頑張るよ」
「何を?」
「“らしいこと”……出来るよう努力します」
「…………」
俺の心臓、今後藏元に耐えられるだろうか。
そんな心配をして焼きそばに視線を落とした俺は、その時藏元がどんな顔をしていたのか、知る由もなかった。
食事を再開し、自分の咀嚼音だけを暫し聞いていたら、窓の方からドォンという音が聞こえてきた。
「……もうそんな時間なんだ」
「ん?」
モグモグと焼きそばと向き合う俺に藏元は微笑んで、窓を開けた。
「ぁ……」
窓を開けた先、夜空には色取り取りの花火が咲いていた。
「せっかくだし、部屋の明かり消そっか」
「……おぅ」
部屋を暗くすると、花火の光がより強くなる。美しくて華やかで、けれども一瞬のその景色を、俺はぼんやりと見つめる。
「……どうかした?」
「……去年も確か……花火あったよなって…………」
「?」
「けど多分……係の仕事で忙しくて見てなかったんだよな……」
「…………」
「忙しいの嫌いじゃないし、そんなに祭り好きでもないから花火絶対見たいとか、思ってなかったけど……」
傍に立つ藏元を、なんとなく見上げる。
「こういうのもいいな、て……思った」
係の仕事は自分で望んでやってたことだし、そもそも誰かと夏祭り行こうなんて頭になかったし、去年の俺にそんな余裕は無かった。自己防衛に必死だった。
だけど、思い返してみると、思い出もない。
……なんて、感傷に浸る程の事じゃないな。
「……とか、言ってみたり?あはは」
軽く笑ったら、ふっと暗くなった視界。
唇に触れた柔らかい感触。
「……じゃあ、今年の夏祭りは“特別”にできそうだね」
「……ぇ……」
離れた藏元は自分の唇を強調するように舌でペロリと舐めた。
「……ちょっとしょっぱいね。その焼きそば」
「……っ……のっ!!」
焼きそば味のキスとかどうなの!?もっとあるじゃん!ロマンチックなやつ!!イチゴ味とか!レモン味とか!!なんかあるじゃん!!!
「せめてもうちょっとあるだろっ!!焼きそばって……!!」
「さすが、ファンタジー好き」
「馬鹿にしてんのかっ!?」
「じゃあ今度ケーキ差し入れするね」
「けっ……!?」
「またショートケーキでいい?」
「っ…………な、はぁっ!!?も、……いいっ!!知らんっ!」
「あはは」
藏元に恋愛スペックで勝てる筈ない。
若干ヘソを曲げた俺の横で、藏元は楽しそうに暫く笑っていた。
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