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最後の花火が夜空に消え、広場から歓声と拍手が上がりこの保健室まで聞こえてくる。 焼きそばを食べ終えた俺は手を合わせて挨拶を済ませ、明かりを点けてベッドの傍に戻ってきた藏元を見上げる。 「どうする?保健室でもう少し休んでいく?」 「いや、そろそろ片付けとかあるし戻る」 「えっ、その状態で仕事する気なの?」 「おぅ。休んだからもう大丈夫だし」 「ちょっと……お願いだからやめて。寮に戻って休んで」 「心配してくれるのはありがたいんだけど……こういう日に休むと、一瞬で良からぬ噂が立つんだよ。この学校は」 今までの経験から大体予想がつく。とんでもない噂が立ったと思うと恨みと怒りを集め、収まるまでにかなりかかる。避けられるべき面倒事は避けたい。 「噂……実際“何か”はあったんだけどね」 「……おい」 ちょっと笑ってんじゃねぇよ。こっちまで照れるじゃんか……。 「……うん、分かった。でも、じゃあ……俺と一緒に行動してね」 「ん?」 「成崎は、目離すとすぐ無理するから」 「そんなことは……」 藏元は、前からそうだった。友だち思いで、とにかく友だちを大切にする奴だ。 だから突如変わったって事じゃないんだけど……なんか……付き合うってなると色々……見え方が変わるっていうか……あのー、特別に大切にされてる感?的な……あれ?俺ちょっと乙女思考になってない?……ストップ!!! 「成崎?」 「ごめん……やばいな俺」 「?」 「はぁー……あのさ、告っといて申し訳ないんだけど……」 「……なに?」 ベッドから降りて靴を履く俺を、藏元は何故か少し不安そうに見てくる。 「告白のこととか、付き合うとか……秘密にしてほしいっつーか……」 「……」 「ごめん、凄い勝手なこと言ってるのは分かってるんだけど、今までの事とか、藏元の事とか考えるとそれが一番、」 顔の前で手を合わせて理由を並べていると、藏元はホッとしたように肩の力を抜いた。 「なんだ……そんなことか。それなら、最初から話す気なんて無いから大丈夫だよ」 「……まじ?……そんなことって、どんなことだと思ってたんだよ?」 「付き合って早々フラれるのかと……」 「それは無い」 「!……嬉しい」 「に、やけんなよっ……」 歩きだした俺の後ろを藏元が付いてくる。 本当、変わってる奴。もしフラれる可能性があるなら俺のほうなのに……。 「……ぁ、俺も、お願いがあるんだけど」 「ハードル高いのは無理」 「あはは、まず聞いてよ」 「藏元の恋愛理想は次元が違ってそうで」 「何それ?……あーでも、成崎はファンタジーを強めに求めそうだよね」 「俺かよ」 「ははは……あのね、……ちゃんとご飯食べてほしいな」 「……ん?」 普通も普通。なんでもない願いに本当にそれだけかと振り返れば、真剣な藏元がいた。 「食べてるけど?」 「忙しい日もちゃんと、食べてほしい。成崎は、皆を、仕事を優先して、忙しくなるとご飯抜くだろ?」 「……」 「だから、ちゃんと食べて?……それくらいかな。あとは成崎らしくしてたら、俺はそれが好きだから」 「っ!?おまっ……!」 最早十八番、不意打ち。目の前の王子様は慌てふためく俺を見て、とても楽しげに笑う。 「……ちくしょう」 「いい?」 「分かりましたー。三食食べるよう心掛けますー」 「うん。ありがとう」 「で、身長追い越してやるから。せいぜい今のうちに見下ろしとけ」 「……今からこの身長差は難しいんじゃ」 「うるさい。0じゃないなら可能性はある」 「…………でも、そうだな。身長よりは、筋肉もうちょっとつけて?」 「何……ひっ!?」 今度はガリガリのヒョロ太郎とでも言いたいのか!?そう怒ろうとしたら腕を掴まれて、筋肉を確かめるように撫でられた。 「押し倒されても、抵抗できるくらいには筋肉つけてね」 「……っ、……っ」 肌の上を滑る藏元の指が、感覚が、異様な破壊力を持っていて、体が異変を訴える。 やばいっ……なんか、やばいっ! 直感で危機を感じた俺は藏元から腕を引き戻した。 「成、」 「おぅ、ま、任せろ!体力作りと、えっと、筋トレ!」 「……?」 「はは、腹筋割るぞっ!」 「……?」 「よ、しじゃあ、広場……行こっか!」 「……うん」 疑問を持ちつつも微笑んで歩きだした藏元に隠れて、体の異変を必死に抑えるのだった。

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