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「ぇ……千田、お前は大丈夫なの……?」
「?……うん、僕はなんともないよ」
「あー……そう。えっと、あの時は……ありがとう……」
夏祭りの一件のお礼が言えてなくて、今この場を借りて呟く。
「?」
「……その……助けに来てくれて」
「……ぁ、あぁ……ううん。全然」
ん?なんか、誤魔化した?変に流した返事をされた気が……
「も、もしかして……今東舘さんと口論してたのって……」
横に立つ千田と、前に立つ東舘さんの顔色を伺いながら俺は探るように言葉を溢す。
「……ぉ、俺の、せい……?」
「……なりちゃんさぁ」
「っ、そんなわけないよ!」
東舘さんを阻むように、ぐんっと千田に強い力で引っ張られた。
「いっ!?千田??」
「成崎くんはやっぱり放っとけないよ。教室まで僕が、」
「ぇ、え??」
「おいっ……千田!!」
急ぐ千田に混乱していると、東舘さんが声を張ってファイルを持っているほうの千田の腕を掴んだ。
…………東舘さんが千田の腕を取り、千田が俺の腕を取り……俺が東舘さんの腕を取ればマイム・マイムやれるんじゃね?
「なりちゃん痛がってんだけど」
「……前に嫌がる成崎くんを無理矢理押し倒して痛めつけたのは誰でしたっけ」
「調子乗んないでくれる?俺がなりちゃんに与える痛みは全部愛だから」
……な、何言ってんだこの人……俺にとっちゃ痛みは全部痛みでしかないよ。
「……成崎くん行こう」
「ぅわっ、ち、千田??」
力一杯引かれてバランスを崩しつつ歩けば東舘さんが舌打ちした。
「ほんと鬱陶しい…………いい加減にしろよ千田っ!!!」
千田の胸ぐらを掴んで殴りそうな勢いで千田を引き寄せた。
「これ以上目障りな事しないでくれる?ご自慢のこの顔、」
東舘さんの綺麗な手が、長い指が、千田の頬を撫でた。
「原型留めないほどぐちゃぐちゃにして外歩けない顔にしてあげてもいいんだけど?」
「!!ちょ、ストォオオップ!!!」
東舘さんの脅しはただの脅しに聞こえなくて、耐えられなかった俺が大声を出してふたりの間に腕を突っ込んで引き離した。
「東舘さん怖いから!やめてくれ!!千田は何も悪くないから!ビビる俺を助けてくれただけだから!!めっちゃいいヤツだから!!」
「……は?」
「……成崎くん」
「も、もう……もうこれ以上千田を巻き込みたくない!優しい千田を、八つ当たりで傷つけないでください!!」
「…………成崎くん?」
「…………」
どんな言葉が東舘さんの地雷になるのか分からない。だけど、言うべき事は、言っておかないと後悔する。震える唇をギュッと噛んで東舘さんの反応を待った。
「……ぷっ、あはははっ!」
「……ん……?」
何故か爆笑している東舘さんは、腹を抱えてその場に踞った。
「あははっ、なりちゃん……ほんと綺麗だね君」
「……は?」
「こいつが優しい?こいつが助けた?んなわけないじゃん」
「……?」
東舘さんの言っている意味が分からず千田を見れば、特に何の表情もない。言えるとすれば、無表情。
「こいつはただ、自分が得するように動いただけだよ。今だって、この場になりちゃんがいたらこいつにとって不都合だから教室に帰そうって魂胆だよ。それを、こいつをいい人に見ちゃうなんて……どんだけ甘いのなりちゃん」
人を馬鹿にするような東舘さんの視線は、そのくせ熱を帯びていて俺は言葉が詰まった。
「……どういう……ことすか……」
「…………あーそうだ。千田、俺が思い付いたやり方でもいいなら、付き合ってやるけど」
「思い付いた?僕のやり方はやっぱりあり得ないってことですか」
「あんなものより断然、抜群にテンション上がるよ」
「……なに、……ふたりして何言って……?」
「なりちゃん。こいつの本性も、俺の思いも、全部見せてあげるよ」
「……?」
突き付けられる言葉と現実に追い付かない俺は、この時全力で逃げておくべきだったと、この後激しく後悔する羽目になる。
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