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「あ、成崎」
「っ!!」
俺がこの場に踞ってからどれくらい経っただろうか。ほんの少し遠くからその声は聞こえてきて、足音が徐々に近づいてくる。
その声は大好きな筈なのに、今は一番聞きたくない声だ。
廊下の壁に寄り掛かり、丸まって動かない俺。いや、動けない。足音は俺の前で止まって、同じ目線にしゃがんだ気配がした。
「……教室に、なかなか戻ってこなくて心配になって…………大丈夫?具合悪い?」
「…………」
顔は腕の中に埋めたまま、フルフルと横に首を振る。どうしよう。どうしたら立ち去ってもらえるだろう。
「どこか痛いの?」
「…………」
「……取り敢えず、保健室行こっか。歩ける?」
無理無理無理。今立ち上がったら、諸々バレる。腕を軽く掴まれたが、立つことを拒絶する。
「……ここにずっとはいられないよ?」
それは、分かってるけど……。
「…………む、り……」
「……じゃあ……抱っこ?」
「!?」
衝撃の提案に、思わず顔をあげてしまった。
「えっ……」
「!あっ……!」
慌てて顔を伏せるも後の祭り。未だに熱い顔は、確実に藏元に見られた。
「ちょ……熱あるんじゃ……?保健室行くよ?」
肩に手を添えられ、俺を立たせようとする藏元に全身が強張る。膝を抱え込む腕により力が籠った。
「ねっ……嘘…………ねえ、成崎っ!」
藏元の声に、焦燥が混じる。恥ずかしい逃げたい。瞼をギュッと閉じてやり過ごそうとしていた俺は、藏元の焦りの理由を知った。
「……まさか…………またっ、副会長に何かされたのっ……?!」
心臓が、より強く跳ねた。
そうだ、夏祭りの一件がある。藏元が、焦るのも当然だ。何もいい逃げ道は浮かばなくて、俺はゆっくりと顔を上げた。
「ごめんっ……俺今動けないっ……」
「……成さ、」
下腹部を隠すように膝を抱いた俺を見て、藏元は理解したんだろう。眉間に少し皺を寄せて、俺の頬に手を当ててきた。
「……何かされた?」
そこは左右に大きく首を振る。
「原因は何?副会長は関わってるの?」
「……ごめん……ごめん、俺また……」
「…………」
「……でもっ……触られてない……から、」
熱い。苦しい。こんなみっともない姿を、藏元に……
「ちゃんと、話すからっ…………今は、冷めるまで……放っといて……」
こんな姿、藏元だけには見られたくなかった……
落ち着かせようと熱の籠った息を吐いたとき、突然、腕を引っ張られた。
「!!!?ちょ、藏っ」
「来て」
強引に引っ張られ、どこかを目指してぐんぐんと進んでいく。
無理無理!ほんとやばいからっ!
前屈みになってどうにか隠そうとしていた俺は、藏元がそのドアを開けて、俺もその中に入って漸く場所を理解した。
「トイレ……ぁ、ありが」
ここで落ち着くまで……
「とぉおっ!?」
お礼を言おうとした俺は、また引っ張られて個室に入れられた。
「…………ゃ……ぇ……あの……?」
何故、藏元も個室に一緒に入ってくる?
「……く、らぅっ」
個室の壁に両手首を押さえつけられ、口を塞がれる。いつも甘かったそのキスは、今日はやけに熱を持っている気がする。
「ん……ん゛んっ!!?」
特に抵抗することなくキスを受け入れていたら、突如、唇を割り開いて口腔に進入してきた藏元の舌。
びっくりして顎を引いたら、角度を変えて唇を重ねてきた藏元は、さらに深く、口腔を舌で満たす。
「んっ……ふ……んぅ、ぁ」
歯列をなぞられ、背筋をゾワゾワした感覚が走った。舌を絡め、唇を吸って痺れさせる。
こんなキスされたら、今の俺に抵抗なんて出来ない。藏元からのキスに、今の体が言うこと聞くはず無い。
「ぁ……んぅ……はァっ……」
「……成崎」
「んっ……」
ちゅっとリップ音を立てるだけのキスにも、体はビクついてしまう。
藏元の阿呆……落ち着かせようとしてたのにこれじゃ逆効果なんだけど……
「……成崎」
両手首を押さえていた藏元の手は、俺の頬と腰に添えられた。俺は正直、立っていられる状態じゃないので藏元の肩に両手を置いた。
「はぁ……熱い……」
「大丈夫?」
「恥ずかしいから……あんま見んな」
頬に添えられた手は、視線を反らそうとしてもすぐに正面へと引き戻す。
「……藏元」
「何?」
「ちょっとその……出てってくれる?」
「…………」
「……ぇなんで黙るの」
「……成崎、……あのさ……俺、今結構……妬いてるんだけど」
「は……?」
言われてる意味が分からなくて藏元を見つめ返せば、腰に添えられていた手が下に滑っていく。
「!!?」
ベルトに手をかけられ、ぎょっとして片手をその手の阻止に伸ばした。
「ちょっ、ちょ、……藏元っ!?」
「……怖い?」
「えっ……はっ!?」
「…………俺、……も……」
「????」
「成崎、に…………触れたい」
「っーーーー…………」
堪らなく、恥ずかしい。本来なら、今までなら、拒んでいた。完全に、絶対に、一切の迷いなく拒んでた。
……けど。
「……っ……」
下に下ろした手を藏元の肩に戻して、顔を反らしてぎゅっと目を瞑る。
「……ぉ……男だからな、俺は」
「……うん」
「そこちゃんと……分かってんのかよ……」
「……うん」
「幻滅しても……知らねぇぞ……!」
「しないよ。」
口説くみたいに囁いて、片手でゆっくりとベルトを外す。カチカチと鳴る金属音が妙に大きく聞こえる。
下腹部を撫でるように、藏元の指が滑ってきた。
尋常じゃない羞恥心と、他人に触られる感覚に耐えられる自信がない…………
「……嫌だったら、突き飛ばして」
「…………」
言われなくてもそのつもりだよ。
と言いたかったけど、今の俺は奥歯に力を込めて食い縛ることに精一杯だった。
藏元の手が、長い指が、スラックスとトランクスの間に滑り込んできた。
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