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「なんだどうした東舘ちゃん。チャイムとっくに鳴ったぞ」 「うん鳴ってたねー」 「他人事かぁ?お前3年だろ。ここ2年教室だぞ。さっさと自分の教室戻んなさい」 ズッキーの注意を無視して、東舘さんは堂々と教室へ踏み込んできた。 「えーまだ授業じゃないしいいじゃん」 「なんだよ、そこまでして、俺に会いに来たのか?仕方ねぇな、なんだよ?」 「ううん。おじさんに用ないから安心して」 「おじ……お前なぁ。俺これでも先生だぞ?せめて、おじ様と呼ん」 「あっ、なりちゃんおっはよー」 「っ……」 恐怖から1歩後退る。昨日、何度目かの恐怖を植え付けられたのにやっぱり東舘さんは変わらない。 徐々に近付いてきた東舘さんに愛想笑いすらできずに視線を横に流したとき、俺の前に藏元が立った。 「おはようございます、副会長」 「……藏元くんには用ねぇんだけど」 「学校のルールくらい守ったらどうですか。仮にも副会長、でしょ」 「あはは。副会長?そんなの俺が望んでなったとでも思ってるわけ?」 「経緯がどうであれ今は副会長、ですよね?」 ……俺だけじゃない。今、2B全員が多分同じことを思ってる筈だ。 い、イケメンの喧嘩怖いっ!迫力凄いっ! 「……なんか藏元くんさぁ……あの時とは違う目してるねぇ」 「はい?」 「なりちゃんから、助けてあげたお礼でももらったの?」 じっとりと、東舘さんは脅迫めいた視線で藏元を睨んだ。東舘さんは他人に興味無さそうでいて、そういう変化には鋭かった。 「成崎が嫌がること、やめてください」 「なりちゃんの嫌がる顔、めっちゃ可愛いじゃん。そう思わない?」 にっこり笑う東舘さんに、俺は全身の血の気が引いた。 もしかして俺って、本当は東舘さんに虐められてんの? 「つーか退いてよ。俺なりちゃんに届け物持ってきただけなんだけど」 「届け物……?」 恐る恐る、藏元の背後から顔を出せば綺麗な顔は笑顔を添えて黒い物を差し出してきた。 「これ、昨日廊下に置きっぱなしだったから。持ってきて上げたよ」 「あざっ……、いやあんたのせいだよ!」 差し出された暗幕を奪い取り、言いかけたお礼を即座に引っ込めた。 言いたい文句は山程あるけど、うっかり口を滑らせてしまうとクラス中に恐ろしい事実が知られてしまう。睨むだけにして暗幕を抱えた俺を、ズッキーが指差してきた。 「あーお前それ。暗幕だろ。なんだ昨日って。東舘ちゃんと会ってたのか?」 「……(ほぞ)、噛み千切ることになりますよ。先生」 「何!?お前の冷静な“先生呼び”怖い!よく分かんないけど聞きません!!」 出席簿で顔を隠したズッキーはそれ以上追求してこなかった。 うん、それでいい。それが互いのためだよズッキー。 「ところでさぁなりちゃん。週末、俺も参加するからよろしくねっ」 「……?週末?……とは?」 「?髙橋と野球やるんでしょ?俺も交ぜてってお願いしたから、よろしくね」 「ダ、やお、え゛っ!?!?」 動揺しすぎて意味不明な単語を叫んだ。能天気なクラスメイトたちは野球姿が見られると喜びの声を上げている。 週末に野球!?あれから話がこれと言ってなかったからとうに無くなったか忘れたものだと勝手に思ってた!完全に油断してた!! でもあの髙橋だ、多少の強行策に転じても納得がいく。厄介事は回避したと思ってたのに……元の木阿弥、だ。 「ぉお俺はっ、そんなっ」 「一緒に遊ぼ?」 「いやいや!遊ぶって!あんたのセンスと俺のセンスじゃ勝負になるわけっ」 「なら、俺も参加します」 「…………は?」 「へぇ」 藏元が微笑んで、そんな一言を挟んできた。 なんだか、どんどんまずい事になってきた。

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