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「な、……何……?」
藏元は目を細めてから、水谷くんに向き直った。俺は状況の説明を求めるつもりでライト守備さんに視線を戻したけど、既に守備姿勢に入っていた。
先ほどのバッターとは違い、会話も笑顔もなく藏元は投球姿勢に入った。
そして……。
「!?」
バコォーンッ
とんでもない音の豪速球をキャッチャーのグローブ目掛けて放った。
……えぇえ……さっきの“肩慣らし”はどこ行ったの?全然違うじゃん。こんな序盤でそんな殺人球投げんの?お前ほんと人間かよ。ヒーローかよ。主人公かよ。
「ほんと……かっこいいなぁ」
ため息混じりに口に出せば、奴はすぐに食らいついてきた。
「そういうのは大声で言いなさいよ!」
「……なんなんすかさっきから。」
少しのリアクションにも反応してくるライト守備さんに、監視されてるみたい。……でも、表情筋豊かでなかなか面白いなこの人。
「藏元くーーん!かっこいいってさぁー!」
「!?何言って……!!!」
大声で、余計なことを藏元に叫んだライト守備さんに絶望する。
最悪だっ……俺はここにいること自体間違いで、周囲からは嫉妬や憎悪の対象になっているのに、その上、藏元の集中を欠いたりしたら俺はどれだけ残酷な処罰をっ……!!
今後の恐ろしい未来を考え、青ざめていた俺は気づかない。藏元が、照れくさそうに微笑んだことに。
再び構え、投球した。その豪速球を、驚くことに水谷くんは打った。
いや、正確にはファウルだったのだけど、あんな球を、棒に当てるなんて……
「水谷くん……スッゲー」
「!声でかいよ!そういうのは言わなくていいんだよ!!」
「うるっさいっすよさっきから!つーか地獄耳か!!俺のリアクションより試合に集中してくださいよライト守備さん!!」
「なんだライト守備さんて!俺にも名前がある!」
「知りませんすいませんライト守備さん!!」
「定着しちゃってるーー!!」
全身を使ってツッコミをするライト守備さん……やっぱり面白い。
「おーい!何か問題でもあったのかー?」
セカンドの問いかけに、俺とライト守備さんはハッとして周囲を見渡す。まずいことに、試合中に口論なんかするから大勢の視線を集めてしまっていた。
「ぁ……いや、無いです」
「ごめんなさい!無いです!彼とは何も!決して!何も無いです!」
首を振って最小の否定をする俺とは対照的に、腕を使って大きくばつ印を作り何度も何度も首を振るライト守備さん。
「なんすかその否定。むしろ怪しまれそうな否定やめてくださいよ」
「全身全霊で否定しないと、俺の身が危ないからね!」
全身全霊を込めたことで出た汗を拭いながら、ライト守備さんは微笑んできた。
何を言いたいのか未だにさっぱりだけど、愉快な人ではある。
気を取り直して、形だけの守備体勢を取りバッターボックスを見つめる。水谷くんがグッとバットを握り締めた。“本気投げ”の藏元は変わらず豪速球をぶん投げた。
「ぁ」
水谷くんには、ボールが見えているんだろうか。
振ったバットはボールに当たり、今度こそグラウンドに押し出された。
サード方面に飛んでいくボール、水谷くんはファーストに走り出し、ファーストに送球されたボールを避けるように滑り込んできた。
「…………やば」
間一髪。水谷くんはセーフだった。
……ぁ、いやいや。感動しとる場合かっ。こっちのチームとしては駄目だろ。藏元のピッチングと、水谷くんのバッティング、走塁に見とれてしまってた。やっぱり運動神経凄いって、かっこいいよな。
立ち上がり、付いた砂を払い落とした水谷くんが不意にこちらを見た。
「……?」
何かを喋った。
多分、“あざっす”。……何が?
それに続けて、親指を立ててグッドサインをしてきた。
「……??」
訳も分からず、無視するのもどうかと思ったので同じように親指を立ててグッドサインで返した。
「ストォオオップ!やめなさいって言ってるでしょ!!馬鹿なの!?」
「だぁから何がですかぁあっ!?」
当然のように入ってきたライト守備さんのツッコミに、待ってましたと言うように返答した。
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