186 / 321

186

「さぁて、エンジンかけてくぞぉ」 「俺はもう若干かかってますよ」 「えーまじでー?」 「予想外のところから、お気に入り候補が現れたので」 バットを構える東舘さん、顔だけを東舘さんに向ける藏元。 ふたりとも、唇が動いているから何かを話しているんだと思うけど、俺のポジションからじゃ全く聞こえない。 「とりあえず、皆倒しておかない、とっ」 何かを言いながら投げたボールは、1球目から東舘さんのバットに当たった。 「!!」 打ち上げられたボールは線のギリギリ外、ファウルだった。 「……速いけど、まぁ想定内、かなぁ」 「……そうですか」 「てゆうかさぁ。藏元くん、なりちゃんと“トモダチ”なんだよねぇ?」 「……」 「お気に入り候補とか、皆倒すとか……もう片足突っ込んでない?」 「……何の事でしょう」 「……えーまさか、もう手遅れ、なんて言わないよね?」 「……お喋り、好きですね」 「ふふっ」 内容は全く聞こえないのに、全然楽しさを感じないふたりの会話。あれだけ作り笑顔うまいくせに、ふたりの今の表情は死んでる。 一通りの会話の区切りは着いたのか、また藏元は容赦なく投げた。 1球目から当てられたんだ、今度は確実にっ…… そう思った俺は、その光景に目も口も開けたまま固まった。フルスイングした東舘さんのバットは空を切り、ボールはキャッチャーのグローブの中に収まっていた。 「……??」 何が起こったの?若干速度上がったとか?そう言われれば速かった気も…… 「……かっこいいぃ」 「……?何?何が起きたんすか?」 分かってるっぽいライト守備さんの呟きに、俺は振り向き説明を求める。 「……ぁ……話しかけないでっ」 「なんで!?散々話しかけてきてたのそっちでしょ!?急にドライですか!?」 「……ぁ……あ……あの……」 とても迷惑そうにオロオロキョロキョロしてるライト守備さん……ちょっと傷つくんだけど。 「……あの、……はい、今の説明だけもらえれば黙るのでっ」 「く、藏元くんが、カーブ投げたんだよっ!」 「!!?」 カーブ!?てことは、変化球投げたの!?すごっ!!やばっ!! 涼しい顔してキャッチャーからボールを受け取る藏元を驚愕の目で見る。 こんなこと、本人には絶対言えないけど……それでも、やっぱり思っちゃうよ……お前本当、スポーツやったほうがいいのでは……。 「……へぇ。そういうのも、投げれるんだ」 「……」 「やっぱお前、ムカつくね」 「あなたは絶対、仕留めたいので」 再び投げられた球は、またもやバットに当たることなくグローブに収まった。多分東舘さんのバッティングには、カーブを見てから少しの迷いがあるんだろう。 「……で、前回はどんなご褒美貰ったの?」 「……」 「今回はどんなご褒美要求するの?」 「うるさいですよ」 「俺の押しも、お前の要求も、ほとんど一緒だろ?」 「……黙れ」 藏元からは、かなり離れたところにいる俺。それなのに、その横顔はかなり怖くて、指先がビクりと反応した。 怒りを込めた1球、まさにそんな感じの球は東舘さんからストライクを奪った。

ともだちにシェアしよう!