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バットとヘルメットを受け取り、明らかに素人の手つきで身につける。
誰も俺なんかに注目してないし期待もしてない。分かってはいるけど、それでもあの場に立つとなるとそれなりに緊張はする。
「取り敢えず振っとけばいいから」
「……ぁ、はい」
バットを持ってきてくれたチームメイトが、俺への気遣いなのか、囁いてきた。
「あんたの1点じゃ何も変わらないから緊張する必要ないだろ」
「……」
ん?これって気遣いか?ちょっと違う気が……
「ただ、宮代生徒会長様みたいに振らないなんて有り得ないからね。」
「……」
あーこの人、崇拝者か。だから心なしか視線が冷たいのか。
「宮代生徒会長様だから許される行為なんだから」
「はい重々理解しております」
「……あと、藏元くんに迷惑かけないでよね。あれだけ友だちを気にかけてくれてるんだから」
そっちもかー。
「気を付けたいと思います」
「……さっさと行きなよ」
うわぁあ話かけてきたのあなたじゃない……。
突然の理不尽に不満を感じつつ、バッターボックスに向かう。でも、その不満のせいで緊張は無くなっていた。
「あれ。こんな早くに出てくるとは思ってなかったよ、なりちゃん」
「俺も同意見です」
見よう見まねでバットを構える。東舘さんは微笑むだけでまだ投げようとしない。
「かーわい。バット振ったことある?」
「そんなにねぇっす」
「だよね。1回振ってみなよ練習がてら」
「……それってルール的にいいんすか?」
「なりちゃんだもん。いいに決まってんじゃん。ねぇ?審判」
東舘さんの圧のかかった案に、審判はすぐにコクコクと頷いた。審判の判断というより、恐怖心の方が勝ったんだろうな。
「……練習とか、いらないっすよ別に」
どうせすぐ打ち取られるだろうし。
「いいから。振りなよ」
「……」
「ド下手より、下手の方がまだマシでしょ?」
「腹立つー」
言われなくたって下手だって自覚してるけどさ、それでも言われ過ぎると反撃したくなる。
ブンッ
バットを1度振って、構え直した。
「……へぇ。普通に振れるんだね」
東舘さんにとっての俺の運動レベルはその程度らしい。野球のルールや物の扱い方は素人だけど、俺だってクラスマッチの交替要員として、バスケ以外は平均点レベルでやってのけたわけで。
「じゃあ行くよぉ」
「……」
にこりと笑った東舘さんを無言で見つめる。
美しいフォームから放たれたボールは真っ直ぐこちらに飛んできた。
取り敢えず、振れ。
それだけを考えてバットを振れば、驚くことにバットに当たった。
「ぇ……!?」
打ち返したボールは、線の外に飛んでいきファウルだった。
「え、じゃないでしょなりちゃん。当たったんだからもうちょっと喜びなよ」
「……手、抜いてます?」
「なんで?」
「東舘さんのボールを、俺なんかが打てるわけ……」
「ふふ……楽しもうよ、なりちゃん」
右手から左手のグローブにボールを投げる東舘さんは楽しそうなんだけど、何かが腑に落ちない。
「投げるよ、なりちゃん」
「……す」
2投目、再びバットを振ればまた同じ方向へ飛んでいく。2回目のファウル。
「……まぐれ……?」
一瞬、嫌な予感が頭を過り苦笑いを溢す。
「困った顔も可愛いね」
うっとりと馬鹿にするような一言を言ってくる東舘さんに、俺は疑いしかない。
何か、企んでる……?
そして、その疑いは見事に当たった。
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