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腹減ったなー……夏バテ中だったけどこの試合のおかげで食欲取り戻した気がする。お昼頃には終わるよなこれ……冷蔵庫、何あったっけ……?部屋に戻る前にスーパー寄っていこうかな。 ベンチから、青空を流れる雲をのんびり眺める。 宮代さんと東舘さんの会話のあと、東舘さんは何か思うところがあったのか、それともただ単に集中しているだけなのか、お喋りや意地悪(俺にとってのファウルボール)をやめ、本気の投手をやり始めた。 本気で投げる東舘さん相手に、最初のようなまぐれ当たりのバントなんてもう通用する筈もなく2打席目3打席目は当然打ち取られた。 今現在、ゲームは8回裏。こちらは4点、相手は5点。 突然試合に集中し出した東舘さんに触発されてか他のイケメンたちまでも盛り上がりだした。そんなこんなで大盛況の今、俺はベンチの端に座って試合を傍観していた。 だってもう平凡が立ち入れる領域じゃないから。 グラウンドで、ガチモードで投げ続ける東舘さんを、どうしても気になってしまって無意識に見つめていると、近くから楽しげな声が聞こえてきて意識のなかに割り込んできた。 「でも本当に珍しいね。忙しいって言ってたのにさぁ」 東舘さん以外の、試合以外の関係ないところで、変化したことがある。 「仕事、あんなにいっぱいあったのに……終わったわけじゃないんだよね?」 それは、5回辺りから、こちらのチームのベンチに何故か亀卦川様が交ざっているということ。交ざると言っても、試合には出ていないので、文字通りベンチにいるだけ。 「午後にでも片付けるつもりだよ」 「えぇっせっかくの休日なのに……俺でよければ手伝おっか?」 宮代さんはベンチにやって来た亀卦川様をすんなりと受け入れているけど……。 亀卦川様と宮代さんの会話を聞きたくなくてわざとらしく反対側を向く。会話するふたりを取り囲むようにチームメイトたちが密集してベンチに座っているため、俺が座る端っこは俺だけだった。 「俺の仕事は生徒会長の仕事だからな……」 「そっか……何かあったら遠慮せず言ってね継くん」 亀卦川様の名前呼びに、回りの奴等は色めき立ってる。 宮代さんと亀卦川様のツーショットだし、食い付くのは分かるけどさ……。俺だけなのかな……亀卦川様ってなんか苦手だ。そんなに関わったこともないし聞く話が殆んどだったけど、宮代さんに対する接し方がどうしても受け入れられない。試合とか応援とかそっちのけでお喋りに呆けている時点で、一体ベンチに何しに来たんだよとか思うけど皆見とれているから何も言えない。 第一、宮代さんが友だちと思っている人に俺ごときが文句なんて言えない。 「ぁ、ねぇねぇ」 誰かを呼び止める亀卦川様。 俺には関係ない。早く守備のターンにならないかな。ベンチは楽だけど、ここの空気は俺にとって地獄だ。さっさとグラウンドに出たい。 「君もちょっと休みなよ?投げ続けてるし、ベンチに下がったときくらい、座って試合見たら?」 ……捕まったのは藏元か……。 「はい、ありがとうございます。でも、友だちと話したいので向こうに座ります。失礼します」 亀卦川様の誘いを断って、皆が集まって座る場所を通りすぎて、俺の隣に人の気配が近付いてきた。 「大丈夫?」 「…………断ったんだ……」 「え?」 亀卦川様の、チームメイトたちの圧に物怖じせず自分を通せるってすごい。俺はできない。現に、目を反らすことで精一杯だった。 ガランとした俺の隣に藏元は腰を下ろすとスポーツドリンクを飲んだ。 「……副会長、集中力凄いね」 「んー。ほんとそれ」 「やっぱり、会長との会話がきっかけなのかな」 「……俺はそう思ってる」 「……成崎は知ってるの?副会長の1年の頃」 「……あのね……俺君と同級生よ。あの人は先輩。あの人が1年のとき俺は入学してないよ。知るわけないでしょ」 「じゃなくて、そういう話を話されたり、聞いたり、してないの?」 「俺がそんなに積極的に東舘さんに絡んでたように見える?」 「……副会長にはないかな」 「“には”ってなんだ」 「……」 「おい。目ぇ反らすな」 「……」 「藏元、な、おい」 藏元の肩に手を置いてグラグラと揺すれば、ため息を吐いて視線は再びこちらを向いた。 「もうひとりには懐きすぎって思ってるよ」 「もうひとり?」 「……まじカッコ悪……俺ほんと……妬きすぎ……」 両手で顔を覆って項垂れる藏元に、俺はどうにか藏元の感情を察しようと手持ち無沙汰に背中を擦ってやる。 「……え、と……大丈夫か……?」 「……」 「…………ぁ」 「?」 「……分かった……多分」 「何を?」 顔を上げた藏元に、察したと思っている俺は笑いかける。 「藏元は、知りたいんだな?」 「……ぇ?」 「じゃあ……おぅ。ま、任せろ」 「ちょ、えと、成崎?」 「藏元のためなら、頑張ってみるから!」 「待って待って。すごい誤解されてる気がするんだけど」 「大丈夫だって。それなりにやれる気がするし」 意地っ張りな藏元のことだ。今までの言動や態度を振り返ったら、皆まで言わせるのは申し訳ない。普段かなり助けられてるし、今回は俺が藏元の役に立ってやる! 「任せろ!」 「…………」

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