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翌日、目覚めたばかりの細い視界からカーテンの隙間から溢れる眩しい光を確認する。
目覚まし時計がひたすら同じリズムを鳴らし続けている。目覚まし時計は腕を伸ばせば止められる距離にあるのにそれが出来ず、うるさいから止まってくれと念を送る。
止めなきゃならない起きなきゃいけない、そう思うのに出来ない。
何故か。
その原因は全て昨日の野球にある。スポーツなんて別世界に俺を引っ張り出した化け物たちのせいで俺の体の筋肉細胞はブチブチに粉砕され、目覚めた今、全身筋肉痛の屍状態。
ピクリと動かすだけでも悲鳴を上げる体を、激痛を堪えてどうにか動かし目覚まし時計を止める。
「……はぁー……」
枕に顔を埋め、体の痛みを脳で理解し、昨日の試合が夢ではなかったことを思い知り、髙橋のことも現実であったことを痛感する。
頭のなかを嫌な思いが過ってしまう。
友だちを、髙橋を、泣かせてしまった。こうなったのは、俺が恋愛なんかしたから……?
……いや、そんなこと考えるな。その考え方は……
「……藏元を傷つける……」
暗い思考に呑まれそうになったとき、今度は携帯電話が鳴り出した。
「あ゛ー嘘だろ…………ちょい待ち、誰かさん」
手を伸ばすのも激痛なんだってぇ……
ゆっくりと上体を起こし、あちこち痛む筋肉を擦りながら鳴り続ける携帯電話を手にする。画面に表示されていた名前は、“藏元 玲麻”。
さて、昨日の今日で何の話だろうか?
「……もしもし」
「お早う、ごめん」
いきなりの謝罪。どうした。
「電話しちゃった……」
「?別にいいけど……」
「だって……ぁ……いや、なんでもない」
「?……どうした、何か用あるんだろ?」
「……ちょっと……話したくて……」
「ん」
「髙橋のこと」
まぁそうだろうな。予測はしてたけど、その名前を聞くと声に少し力が籠る。
「……ん」
「ごめん、俺のせいで」
「は?……藏元のせいじゃ」
「俺が場所考えずに……あんなことしたから」
「……いや、違う。元はと言えば俺が不安にさせるようなことしたから」
「でも」
「でもじゃない」
「……」
「髙橋を泣かせたのは……俺だ」
「それは違うよ」
「ううん……黙ってた上に嘘をつこうとした。あの場に藏元がいてくれて助かった……」
もしあの時そのまま嘘をついていたら、髙橋をさらに傷つけていたかもしれなかった。
「助けたかったんじゃないよ」
「……?」
「もう……黙っていられなかったんだ」
深刻なその声に、俺は筋肉痛を忘れてベッドの上で姿勢を正そうとした。
「?何……どういうこ、い゛っだっ!!!?」
「???成崎??大丈夫?」
「ーーーーっ……!!」
「ね……?もしもし?成崎!?」
なんだこの……尻から太股にかけての激痛は……!!ウゴケナイッ…………!!!
「大丈夫!?成崎!!」
電話の向こうから逼迫した声が聞こえる。返事をしないと警察か救急車を呼ばれそうな勢いだ。
「……ん゛……気にすんな゛……ただのき、肉痛……だから……!」
「あ……ぇ?」
「生きてるよぉ……」
「……あの……」
視界が潤んでいる。類を見ないほどの筋肉痛か、俺が情けないだけか。
「筋肉痛があるってことは……俺にも筋肉があったってことだよな……はは」
「……」
「笑えよ……」
「……そっちに、行ってもいいかな」
そっち?……部屋に来るの?
「……?構わないけど……い゛……こんな感じだから、構えないよ」
「クス……うん。じゃあ、あとで」
「ん」
切られた電話を、軋む手から手放した。
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