200 / 321
200
藏元が俺の部屋に来るのであれば玄関に向かわないと……あいつ多分歩くのも早いよな。
服はTシャツとスウェットだけど……まぁわりと新品だし別にいいか。
ゆっくりと慎重にベッドから降り、寝室を出る。壁に手を添えて寄り掛かりながら、極力体を動かさないように、玄関に向かう。
自分の部屋で泥棒の真似事してるみたいで笑えてくる。
いつもの3分の1の歩幅で進んでいると、インターフォンが鳴った。
ぇ速くね?5分は……経ったか。10分経ったか?
「お早う。体調大丈夫?」
ドアを開けると、爽やかオーラ全開で体調を気遣ってくる藏元がいた。
「はよ。絶不調。全身痛いよガタガタだよ今にも崩れ落ちそうだよ」
痛む箇所を庇いながらリビングに向かう。
「予想以上に辛そうだね……」
「だから、今日は俺は何もできないよ」
「ぁうん。それは大丈夫」
「?」
ソファーの肘掛けに手を置いて、そっと腰を下ろす。座る動作だけで太股が千切れそう……。
そんな様子を見ていた藏元が、ビニール袋をテーブルに置いた。
「……何それ?」
ビニール袋と藏元を視線だけで交互に見る。
「あ、ケーキじゃないよ」
「き、期待なんかしてないし!」
「あはは。でも、成崎のためのものだよ」
「……ありがと?……ぁ、冷蔵庫に飲み物あるから、氷とか、悪いけど自分でよろしくー」
「うん。……成崎は?何か出そうか?」
「んーじゃあ……藏元と同じ飲み物」
……あれ?……何しにくるんだろうなんて思ったけど、これってもしかして、看病しにきた?それを言わないだけで俺の世話しにきたの?……もしそうなら、申し訳ないだろ。藏元の休日が無駄になってしまう。
「……なー藏元」
「何?」
グラスに氷を入れ、麦茶を注ぐ藏元は柔らかに微笑んでいる。その姿はさながら飲料CMのようで、ちょっとドキッとする。
「用、あるんだよな?」
「なんで?」
「……いや……」
「?」
グラスを手渡してくる藏元を、探るように見る。
「……」
「……ぁ、看病目的なら帰れ、とか思ってる?」
「!……そんな、ことは……」
「思ってたんだ」
「……」
クスクス笑う藏元は、俺の思考を熟知しているらしい。
でも俺は、どうせなら元気なときに会いたい。……人並みに元気なときないけど。もっと言えば、元気なときにも暗いとか顔色悪いとか言われるけど。
それでも、格好悪いところは隠したいと言う男のプライド……。
「俺はね、」
「?」
「成崎と野球できて、本当に嬉しかった」
「……そうなの?」
「うん」
「でも俺、特に何も……」
笑われ弄られ玩具にされただけだけど……。
「嬉しかったけど、成崎を苦手なスポーツに無理矢理参加させたのは俺のせいでもあるから」
「まぁそうだね」
「ぇ、ちょっと」
「ぷふっ大丈夫だって。もう終わったことだし恨んでないですよ藏元くん」
「恨…………とにかく、その後の責任も俺にあると思ったんだよ」
「その後?ぅい゛!!」
その後ってなんだ?と疑問を浮かべていたとき隣に座った藏元が俺の腕をとった。
誤解されないように言っておくと、藏元はごく普通の力で、ごく普通のスピードで、俺の腕を掴んだ。俺は筋肉痛のせいで声を上げたのであって、決して藏元のせいじゃない。
「ごめっ……大丈夫っ?」
「ぉお気になさらずっ……で、……後って、何……?」
ギギギ、と軋む音がしそうな動きで首を動かし藏元を見る。藏元はテーブルに置いたビニール袋の中から何かを取り出して申し訳なさそうに俺に笑った。
「……ケアの方法を、成崎に言っておくべきだったってこと」
「ケア?」
スプレー缶のような物の蓋を開けクリーム状の物体を掌に乗せると、藏元は手のなかで馴染ませると俺の腕に塗り始めた。
「??何これ?」
「運動した後は、マッサージして体のケアをすると翌日の疲れを軽減できるんだよ」
「まじか……」
クリームを塗った腕を優しくマッサージし始めた藏元は、やっぱり手慣れてる。スポーツマンのケアって、案外繊細で大変だな。
「筋肉痛からは逃れられないと思ってた」
「余りに酷いときは残るだろうけど……昨日は?湯船には浸かった?」
「うん。帰ってきてすぐ風呂入って、寝た」
「………………」
マッサージする手は止めることなく、冷ややかな間の後に呟かれた。
「ご飯は?」
「……ぁ…………」
「……はぁ」
ともだちにシェアしよう!