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分かってた。こんなことは当然あるだろうって、分かりきってたことだけど。 寮の部屋のドアに貼り紙が貼ってあった。 心配しまくってる藏元が俺を部屋の前まで送ってくれたので、この場には藏元もいる。 ……非常に気まずい。悪口の類いであればまだよかったんだけど…… 「……あー……スルー」 「これもスルーしろって?」 「…………」 俺のスルーしてほしいと言う願いを聞き入れ、藏元は今日一日、色々我慢してくれていた。 だがこれは、無理っぽい……。 “会長様を裏切ったビッチ野郎” “副会長様の気を惹きたかっただけのクズ” “会計様の恋敵なんて身の程を知れ” 「……まぁ……生徒会メンバーと絡んじゃってたら、こうなるよ……」 「“気を惹きたかった”……?あっちが気を惹こうとしてたんだろ」 「……」 藏元、そこじゃない。苛つかないでくれ。 「誰も全然分かってないな……。この人たちのせいで俺がどれだけ…………」 「……?」 何かを言いかけて黙った藏元を、首を傾げて見上げる。俺以上に、藏元は苦しんでる。 でも多分、それが普通だよな。俺じゃない誰か……友だちがこんなことされてたら俺も嫌だ。 「……生徒会とは何もないのに、憶測って怖いよな」 雑に笑って貼り紙を剥がすと藏元が後ろから抱き締めてきた。 「……え、と……」 「スルーしろって意見」 「ん?」 「納得したわけじゃないからね」 「……」 「俺の我慢も限界があるってこと、ちゃんと覚えておいて」 「……こ、恐いよ……何それ、脅しかよ?」 「うん、脅し」 鳥肌立ったよ。ゾッとしたよ。その限界が来たとき、君一体何する気だよ。 「あっ今話題のカップルはっけーん」 「抱き合ってるアツアツじゃーん」 偶々通りかかった通行人が、藏元のテンションも伺うこと無くその場のノリだけで茶化してきた。 俺はビビっているのでフォローも何もできないからね。 ゆっくりと通行人ふたりを見た藏元の目は蛙を睨む蛇のように殺気に満ち溢れていた。 「……俺の恋愛に、何か不満でも?」 「え……ぁいや、成崎ってほら、ノン」 「俺が告白したんだよ。君らの望みは俺の失恋ってこと?」 「ち、違うよ、意外性と話題性に溢れてるからっ」 「そんな下らないことのせいで俺の大切な人が傷つけられて、俺が何とも思わないとでも?」 「……いや、……あの、だから……」 「成崎を傷つけてもいいという正当な理由があるなら聞いてあげるよ」 「…………」 「…………」 「ねぇ、無視?」 「………………」 「………………」 「黙ってんじゃねぇよ。何かあるだろ」 ………………こ、恐すぎる。 怒鳴らないのが恐怖を余計掻き立てる。言葉遣いが荒っぽくなっている藏元に、俺は時が過ぎ去ることをただ願った。 ふたりはべったりと冷や汗を額に浮かべて涙目でその場に直立している。正に、蛙。 「……次、成崎を侮辱したら」 「……っ」 「……!」 これは……“どうなるか、分かってるよね?覚悟しろよ”的な台詞が来るのでは……? 「……まぁ、どうなるか分からないけど、気を付けてね」 「!!?」 「!!?」 藏元本人も分からないの?それが一番怖くない?気を付けてって何?夜道の背後に注意しろ的な?その爽やかな笑顔やめろ!サイコパスにしか見えないからっ! 「す、すみませんでしたぁあっ!!」 「二度としませんっ失礼しますっ!!!」 頭取れるんじゃないかって勢いでお辞儀したふたりは猛スピードでその場から消えた。

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