215 / 321
215
さて、どうしようか。
頭に被っていたハンカチを取る。ハンカチは濡れているけど、そのおかげで髪は殆ど濡れていない。肩と足元も、跳ねた水滴で少し濡れたけどすぐ乾く程度で済んだ。
想定内のダメージだったので、この姿であれば誰に会っても何も言われないだろう。
ポケットから携帯電話を取り出して時刻を確認する。助けを呼ぶことは簡単だ。藏元に電話でもいいし、学校に電話しても助けは来てくれるだろう。
ただ、落ち着いて考えてみろ?
いじめっ子たちの言動からするに、あいつらは藏元ファンの可能性が高いだろ?
俺が藏元に助けられたと知れば、余計に嫉妬される可能性がある。学校に電話したとして、先生とか事務員の、大人が大勢助けに来たら大事になっちゃうし、何より、俺が携帯電話を持っていて助けを呼んだとバレて、次から持ち物検査されてから閉じ込められる可能性もある。
というわけで、携帯電話を使うという手段はもっと危機的状況に追い込まれてからにしよう。
ここからの脱出は、体力無い俺でもわりと簡単そうだし。トイレの貯水タンクとトイレットペーパーが置いてある棚を足場にすれば上から出られるな。
……念のため、すぐ出ない方がいいな。廊下にまだ居たりしたら面倒だし。脱出に苦労したって思わせた方がいじめっ子たちの気分もまぁまぁいいだろう。
色々、俺の中で考えをまとめた結果、暇潰しに携帯電話を弄りながらここに10分ほど留まりその後脱出することにした。
トイレットペーパーで濡れた便座の蓋を拭き、そこに座ってのんびり時間が立つのを待つ。
10分くらいなら藏元も心配しないよな……
藏元のことが1番気掛かりでそこばかりを考えていたら、想定外の出来事が訪れた。
ギィッ
「……」
扉が開く音がした。文化祭準備とはいえ、今は仮にも授業時間。トイレに来る人なんていないと思ってたから、この対応策を忘れていた。
声を殺して、その人の足音に耳を澄ませる。
「……なるほど」
低く囁かれた声。
この声、聞き覚えがある気がする……。
何がなるほど?
「……中にいるのか?」
ぁ俺、に言ってるよね?
「……えー……まぁ……はい」
「ちょっと待ってろ。出してやる」
顔の見えない誰かさんは優しい人らしく、ドア前にあるであろう障害物を退けようとしてくれた。
この人が先輩か後輩かタメか、全く想像がつかないので取り敢えず敬語で話すことにする。
「あーすいません、そのままにしてもらってていいですか」
「……何?」
「大丈夫っす。あと7分くらいなんで」
「……7分?何言ってんだ?お前虐められてんじゃねぇのか?」
「まぁ多分そうですけど。……いや、そうか。そうなんですけど、お構い無く」
「これを見て、スルーできる立場じゃねぇんだよ」
「……立場?……ぁ、まぁじゃあ今日は例外ってことでスルーしてください」
なんとか救済をお断りしていたら、携帯電話から“ゲームオーバー”を知らせるメロディーが流れた。暇潰しにやっていたゲームの制限時間が尽きていたのだ。
「……ケータイ、持ってるのか?」
「……まぁ……はい。なのであの、最悪助けも呼べるので今は」
「なんで、今呼ばねぇ」
「……」
ドアの外の人は親切心で、心配で色々聞いてくるんだよね多分。でも俺的にはもう聞かれたくないし喋りたくないんだけど……。
「おい」
「ほんと、ご心配なく!色々算段つけてあるんで大丈夫っすよ」
「……喋りたくねぇ、か」
立ち去ってくれ!と少し口調を強めて込めた思いは、その人の声色を変えてしまった。
人の親切を邪険に扱ったからバチが当たる、とか?
「……俺はそうなると、どうしても口を割らせたくなるんだよ」
はぁ!?なんだこの人!?ドSか!?
「いやちょっと……勘弁してください。ぁ、お気持ちだけ、いただいておきますのでっ」
「そもそも“お気持ち”なんて持ってねぇよ」
「えー!?じゃ何のためにこんな面倒に関わるんすかっ」
「虐めた奴等を虐めるため」
「な゛っ!?」
驚愕の一言を耳にして固まっていた俺は完全に隙を突かれた。重い物が床に擦れる音が響き、ハッとしてドアの鍵を閉めようとしたが数瞬遅かった。
開けられてしまったドアから俺の予想よりも遥かに高い身長の人が現れた。
「…………ぇ、……っ……………!!!?」
悲鳴と嫌悪が一度に口から出そうになって両手で覆って自らを黙らせた。
「さっきまでの発言。これまでの虐められた奴には無かった反応ばかりだった」
「……」
ゲロ吐きそう。
「だから、今回はすげぇ気になった。お前は誰だ、どんな奴だってなぁ」
「……」
吐血しそう。
「なのに……そうかぁ……お前があの、」
「……」
今まさに、電話を使いたいほどの危機的状況。
「宮代お気に入りの、成崎 優かぁ」
「グフッ……」
助けて、宮代さん。
いじめっ子に捕まり、そして、
風紀委員長 塚本様に助けられ……いや、捕まった。
ともだちにシェアしよう!