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「待ってください。成崎は学年も違うし、委員会にも属してないんです。知らない生徒がいたって、不思議じゃない筈です」 「あぁ。一般の生徒ならな」 「だったら」 「俺を知らねぇ。それが、完全にナメてると言っている」 “俺のことは知っていて当然” 自分からよく自信満々に言えるよね。普通の奴がそれを口にしていたら、自意識過剰のナルシスト野郎ですよ。イケメンに生まれてきて良かったですね。俺様キャラ格好いいで済まされて良かったですね。 「ナメているわけでは決してないのですが、そのー……接点が全く無かったもので……疎覚(うろおぼ)えといいますか……」 「疎覚え?」 風紀委員長様が繰り返した単語に、言葉を間違えたことに気付く。 疎覚えということは、ぼんやりと曖昧にではあるが、名前が浮かんでいるということになる。俺はこの御方の名前を、なんとなくどころか一切分からない。 「……言ってみろ」 「は?」 「それが当たっていたら、見逃してやる」 「ぇ……あ、……いやー」 「ただ今のが、その場凌ぎの言い訳だったり、全く違う名前だったら、」 「嘘でしょ!?それで罰則とか聞いたこと無いですよ!?ズルくないですか!!」 「俺も、いつもはここまでしない」 「それほど俺は恨まれていると!?」 「というより、お前をからかうと一石二鳥、いや三鳥でな……愉しくてつい」 ついじゃねぇ!!! 風紀委員長様はいっそ尊敬したくなるほどの意地悪な笑顔をした。 「……ん?三鳥?」 「…………あぁなるほど。お前、そういう馬鹿なのか」 「は!?」 「まぁいい。さっさと答えろ、俺の名前を」 「塚本、成崎がこれから事情を話してくれると言っているんだ。もうその件はそのくらいにしておけ」 「それはそれ、だ」 「生徒会長の言う通りです。名前を知らなかったのは俺ですし、それで咎められるというなら俺の筈です」 「なら、お前もだな」 「くっ、藏元は関係無いです!!」 「どの道、お前が答えないと話は進まねぇぞ」 「……」 ……違う。絶対に間違える。当たらないって分かってるのに、どうして名前なんか言わなきゃならんのだ。もういっそ正直に存じ上げませんって言っちゃう?いやでも、全然知らなかったって言うより、誰かと勘違いしてましたってほうがまだ許される?珍しくない、それっぽい名前を言ってみる? 「……」 「……」 「……れ……」 「あ?」 「レン……さん……」 「違う。全く違う。一文字すら合ってねぇ」 でしょうね。 「ま、まじですかぁ……俺、誰かと勘違い……」 「しかもその名前……」 「え?」 「まさか、俺とあいつを勘違いしてたわけじゃねぇよな?」 「……あいつ……?」 ん?“レン”って人、風紀委員長様のお知り合いにいらっしゃるの? 「成崎」 風紀委員長様の顔がみるみる怖くなっていくなか、宮代さんが困惑した顔で呟いた。 「“レン”は、亀卦川の名前だ」 「……ぁ……へぇ…………そうなん、すか………………ん?」 「…………」 え?だから? 「俺はあいつが、死ぬほど嫌いだ」 「…………」 いや、知らねぇえええぇええっ!!! 「決めた」 「……は、はい……?」 「お前は俺のことを、名前で呼べ」 「……!!?む、無理です!!」 風紀委員長様の名前は、一般生徒どころか、ファンすらも口にすることは(はばか)られていた。それは恐怖もあるだろうが、何より畏れ多いことだと。そんな御方の名前を、俺なんかが呼べるわけない。 「塚本 凌平(つかもと りょうへい)。自己紹介してやったんだ、必ず守れ」 「無理ですって!!お願いですからどうかっ」 「さて。本題に入ろうか」 「ちょっ!!?聞こえてます!?」 「風紀委員長、話が一方的過ぎます。理不尽です。」 「……なら、俺の仕事の雑用をやらせてやってもいい」 「成崎の時間を、拘束するってことですか」 「あぁ」 「成崎は、あなたのものじゃない」 「俺に目をつけられた、こいつが悪い」 藏元の反論も、風紀委員長様は鼻で笑って切り捨てた。 俺はどこから選択を間違えたんだと、後悔で頭がいっぱいになった。

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