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斎藤に習いながら、衣装作りに励むこと1時間半。結局、藏元が風紀委員長様の呼び出しから解放され戻ってこられたのは終了15分前だった。
それでもやっぱり藏元は、ここを出る前と全く変わらない様子で戻ってきた。
……いや、俺が言いたいのは、2Bのクラスメイトたちが言うような変化ではなくて、疲労が見えない、ということ。あの風紀委員長様と関わったら、藏元は緊張よりも疲労を感じるタイプだと思うから、それが一切無いとなると、無理をしてるんじゃないかって心配になる。
衣装製作チームに再び戻った藏元は、製作中の衣装を見て、笑みを見せた。
「へぇ、凄いね。こんな短時間でここまでの形になるんだ」
「斎藤の力だよ。手先が器用って凄いよね」
渡辺が斎藤の手元を見ながら素直に誉めた。
「布から服作れるって、めっちゃ凄い才能だよな。斎藤がこのクラスにいてくれて本当によかった」
俺も素直に言ってみれば、斎藤は照れ隠しなのか、手を止めて俺と渡辺を見た。
「嬉しいけど、ふたりとも、手動かしてよ」
「ぁ……はい」
「ごめん」
ふたりしてペコリと会釈して、残り数分、手を動かすことに専念する。
「ところで藏元くん、風紀のほうは大丈夫だったの?」
斎藤は多分、ただ純粋に会話のひとつとしてその話題を振ったのだろう。
でもそれは、周囲の全員が興味はあるけど触れていい話なのか判断できず、取り敢えず知らぬフリをしていた話題だった。
「……」
藏元は数秒、間を置いてから斎藤に微笑んだ。
「うん、大丈夫。特に問題無いよ」
簡潔に答えた藏元は、デザイン画を手に取ると、実物と絵を見比べ始めた。
……要するに、大丈夫だからこれ以上聞くな、ということか?
俺と同じことを感じたらしい周囲はこのビミョーな空気どうすんだよ、という探り合いになったが、その場を救うように終了のチャイムが鳴り響いた。
皆が分かりやすく安堵の表情を浮かべるその光景、ちょっと笑える。
俺は机からクリアファイルを取り出すと、席を立って教室を見渡す。
「じゃあ皆、後片付けしたら、今日は終わりにして帰ってねー」
「はーい」
「りょーかーい」
なぜ俺が先生が言うような指示を出しているのかというと、担任であるズッキーがこの場にいないからだ。この自習みたいな文化祭準備時間に、あの怠惰教師がわざわざ教室にやってきて指導している筈もなく、恐らく多分、いやほぼ間違いなく、ヤツは資料室か屋上でサボっているんだろう。
まぁこんなことよくあり過ぎて、もう慣れた。むしろ居たほうが鬱陶しいくらいに慣れた。
「成崎は、まだ帰らないの?」
「んー。俺はこれ、生徒会に提出してこないと」
クリアファイルをヒラヒラと仰ぐように翳しながら、藏元に用事があることを告げる。
こう聞かれたってことは、多分次の言葉は……
「じゃあ俺も行く」
「ふっ……」
「……何??」
「ううん、なんでもない」
分かっていても、嬉しいと思ってしまう。
「ありがと。でも今日は、片付け終わったら藏元もそのまま帰って?朝から風紀委員長様に振り回されてたんだ。頼むから、休んで」
「……でも、成崎への嫌がらせは終わってないだろ」
「あのなぁ……俺は全然そんなの気にも止めてないって言ったでしょー。そんなことより俺は、藏元が疲労で倒れて、2Bの皆が取り乱して、ファンが狂乱して、阿鼻叫喚状態になっちゃうんじゃないかってほうが心配なんだよ」
「それは……いくらなんでも大袈裟なんじゃ」
「いやあるね。全然あり得るね。」
うーん、と背伸びしてから藏元に笑いかける。
「ヤバくなったら、また連絡するから」
「………………分かった。気をつけてね。怪我、しないでね」
「はは、戦場に行くみてぇ」
深刻な言葉で送り出す藏元に笑って、教室をあとにする。
……虐めって、多分本当に戦場なんだよな。俺が無頓着なだけで……。
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