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世間一般の認識と、俺の感覚のズレを感じながら生徒会室に向かって歩き出す。 俺も、1年の頃に普通の生活を送っていて、今回藏元と付き合うことになって、それで初めて虐められていたとしたら、……しんどかったんだろうな。経験が多くなるとそれに対する感情も薄れるって本当なんだなぁ…… 階段を登りながらそんなことを思い、自分の思考に笑いそうになる。 虐めの経験なんて、そもそもいらねぇだろ。馬鹿かよ俺。 踊り場に着いて、まだもう少し続く階段に足を掛けたとき上から降りてきたふたりの声が分かりやすく小声になった。 「……あいつ」 「堂々と……」 あーあー……あからさまに空気と態度に出てますので、小声で話す必要無いですよ。 俺自身も呆れるほど、この視線には全く何とも思わない。図太い神経、と言われればそうなのかもしれない。 でも俺が苦慮しているのは虐めなんかよりも、藏元のこと。 以前の俺なら、ファンの嫉妬が怖いし回りの反応や話が面倒だからこんな関係すぐにやめようと言っていた筈だ。 ……それなのに、今の俺は、全てをスルーしてまで藏元との関係を捨てられずに、必死に守ろうとしている。 俺を心配してくれる皆は、虐めに対して大丈夫かと心配しているんだろう。 でも実際、余裕がないのは……俺自身の気持ちに対して、俺は全く大丈夫じゃない。 俺にとって虐めなんかより、遥かに難題。 「……はぁ」 ため息を吐いて、階段の1段目を登る。 俺の精神的悩みより、今はこっちの物理的悩みをどうにかするか。ここ階段だしな。肩ぶつけられて落っこちたら、怪我して藏元に心配される。でも流石に職員室近いし、いきなり物理攻撃はないか?また何処かに拉致られるパターンか? 階段に視線を落としながら、上から降りてくるふたりの気配に集中する。 あと2段ですれ違う、そう思って相手の出方に全警戒を向けていたら、上から別の声が降ってきた。 「成崎先輩?」 「……ぁ」 俺とふたりを上の階から見下ろしている、イケメン。 ふたりは出端を挫かれたらしく、何もせずそのまま階段を下っていった。すれ違う際に小さく舌打ちはされたけど……全く害のない攻撃に終わった。 「……水谷くん……?」 「やっぱり成崎先輩だ」 窓から差し込んでくる夕陽を背中で受け、柔らかに輝くイケメン1年生水谷くんは俺の名を呼んでにっこりと笑った。

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