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水谷くんとはあの野球から会っていなかった。それもそうだろう。俺的にはあの試合だけの関係だったし、今後騒がれるであろうイケメン様とわざわざ友好を築く必要性も見当たらなかったんだ。 それに水谷くんのほうも、学年も違うし運動もしない俺とは接点が無さすぎて、俺のことは記憶から消していると思っていた。 だからこんな風に再び会うなんて、しかも水谷くんが俺みたいな凡人の名前を覚えているなんて、思ってもみなかった。 「大丈夫すか?」 「…………ん……?」 「なんか……ぼーっとしてるみたいですね」 「…………ぁ、いえ、大丈夫っす」 階段を降りてこようとする水谷くんを片手で制止して、俺が階段を登る。水谷くんのいる場所まで登りきり、視線を会わせないまま、ハハッと笑った。 「ちょっと考え事してて……声かけられてビックリしちゃったんすよー」 「……そうですか。それは、すみません」 笑い混じりに謝罪して、水谷くんはくるりと体の向きを変え俺と同じ方向を向いた。 「……?」 「これから生徒会室に行くんですか?」 「……あぁ……。そっす」 どうやら手元のクリアファイルを見られたらしい。クリアファイルは透明だ。中に挟んでいる用紙の内容を見れば、分かる人には分かる。 「俺も、今提出してきたところです」 「そうなんすか」 「話し合い、全然まとまらなくて今日ようやく決まったんですよ」 「それは大変でしたね」 少しずつ歩き出し水谷くんから離れようとするけど、何故か同じ歩幅で歩き出す水谷くん。 ……どうしよう。離れたいんだけど、会話が終わらない。一緒にいると、水谷くんまで虐めの被害を受ける可能性が…… 「……あの」 「……はい?」 「……俺、何かしちゃいました?」 「…………え?」 その一言に思わず足を止め、水谷くんの顔を見た。 「なんか……先輩と、全然視線が……会わないし……」 …………! 「ご、ごめんなさいっ!水谷くんが何かしたとかでは決して無くて、……今の俺はちょっと……暗殺対象者と言いますか……だから、一緒にいると水谷くんが危険と言いますか……」 「……?ぁ、じゃあ」 じゃあ?? 「暗殺予告が届いたセレブの護衛騎士、俺がやりますね!」 「…………はい?」 にこぉっと笑った水谷くんは、俺に向かって敬礼をすると生徒会室のほうに向かって歩き出した。 いやいやいや!暗殺予告って何!?護衛騎士って何!?ぁそうだこの子も俺と同じファンタジー好き?ゲーム好き?だったんだ!でも俺が言ってるの、そういうことじゃないんだよ!!暗殺対象者ってただの例えだから!!“ごっこ”で言ってるわけじゃないから!!全然伝わってないよ!! 「ちょっ、水谷くん……ごめん、そういうことじゃなくてっ」 「ぁところで、成崎先輩のクラスは何やるんですか?」 「いや、今はそれどころじゃ……」 「2年生は演劇ですよね。ミステリー、とかですか?」 「いや……うちはロマンスなのか、ファンタジーなのか……」 「へぇ……なんか意外ですね。成崎先輩の口から、ロマンスが出るとは思いませんでした」 「別に俺は希望してませんが」 「……ふっ、でしょうね」 少し先を歩く水谷くんは、楽しそうに微笑んできた。 あの時と変わらず、いい人だ。……巻き込みたくない。どうか、何も起きないでくれ。 俺は心のうちでそう願いながらも、水谷くんと距離をとることを断念した。 「先輩は、どんな役ですか?」 「……聞かないでください」 「そう言われると、もっと知りたくなりますよ」 女役で、女装します。なんて誰が言えるだろうか。せめてもっと容姿に自信があれば…… 「それより、水谷くんのクラスは?アトラクション、何をするんですか?」 「こっちはお化け屋敷になりました。ベタですよね」 「王道は必要ですよ」 「……お化け屋敷、好きですか?」 「お化けいるかいないか。そのファンタジー感が好きです」 「ふはは。成崎先輩らしいっすね」 何の引っ掛かりもない、普通の会話。それがどれだけ心地いいか。この空気が、どれだけ安心するか…… 「……ぁ、生徒会室、ここですね」 「……うん」 着いてしまった目的のドアを見つめて、俺の声音は無意識のうちに低くなった。 「……成崎先輩」 「……?」 「また、お話ししましょうね」 優しく笑いかけてくれた水谷くんの一言に、俺は感情がただ漏れていたんだと気付いて今さら恥ずかしくなった。

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