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目の前にあるドアをノックして、中からの声を待ち、後ろにいる水谷くんに視線でさよならを告げる。
生徒会室に入れば、そこには宮代さんしかいなかった。てっきり行事準備期間だから勢揃いで大忙しかと思ったんだけど。
「こんちわっす」
「優、どうした」
書類仕事をしていた宮代さんは手を止めて、微笑んで俺を迎えてくれた。
「忙しいところすいません。あの、これ……文化祭の、2Bの出し物と、当日の予定表です」
「あぁ、ありがとう。無事決まったんだな」
「昨日、俺が抜けてる間に決まってたみたいで……」
手渡しながら、昨日は色々あったから提出が遅れましたと言い訳を付け加える。用紙を受け取った宮代さんは顎に手を当てて内容に目を通す。
その姿だけで格好いい……
「……」
「……成崎は今回も裏方か?」
「……え?」
「演劇の裏方って、相当走り回るだろ?」
「……いやぁそれがぁ……」
「?」
視線を泳がせ苦笑いして、後ろのソファーに勝手に座った。それだけで宮代さんが怒るとは思っていないから、宮代さんの優しさに甘えてるってことになるのかな。
「……あり得ないことに……主役にセッティングされてたんすよ……」
「……へぇ」
ため息混じりに言えば、俺の予想とは裏腹に楽しそうな声が返ってきた。
「大抜擢だな、優」
「えぇー……?そんな、抜擢されても困るんすよ。主役って、もっと華のある人でしょ。しかもその役仮面つけるんすよ?なら尚更、存在感ある人の方がいいでしょ。絶対俺じゃないし、俺じゃなくていいし、笑い者になるだけだろって……」
「今までずっと裏方やってきたんだ。それは皆の気持ちじゃないのか?優に、一緒に表に出てほしいって」
「……ぅ……えぇぇ……」
優しく説得してくる宮代さんは、仏様みたいに眩しい。俺はソファーに沈むように深々と座り、言う気のなかった愚痴をポロポロと溢してしまう。
「でも、俺やりたくて裏方やってたんすよ?」
「それは知ってるが……裏方じゃ皆と同じ思い出は作れないだろ?」
「んー……でもさぁ……主役って、面倒な忙しさが増えそうだしさぁ……」
「ははは、いい経験させてもらえるな」
「そんなポジティブに捉えられねぇっすよ」
「……でも、優」
「はい」
「それじゃあ文化祭当日の俺の手伝いは無理じゃないか?」
「あ……」
宮代さんに言われて思い出した。文化祭当日は生徒会長の仕事の手伝いをするってこと。
そうだよ、劇に出るんじゃ今まで通りの教室外の仕事は出来ないじゃん。
「……ぁでもなんとか予定見直せばっ」
「いいよ。クラスの出し物に専念してくれて大丈夫だから」
「……」
「ただ、優の用事はどうする?」
「……用事?」
「文化祭当日に、“生徒会長”と優自らが関わろうとするなんて……俺に用でもあったんじゃないのか?」
……す、すげぇ……全部読まれてた。これだから宮代さんには隠し事出来ないんだよな……。
「……あー……そのぉ……宮し…………継さんに、聞きたかったことがあって」
「うん」
「……野球の試合してるとき、言ってたじゃないですか。東舘さんに」
「?東舘に……?」
何を言ったっけ……みたいな顔をしている宮代さんに、俺は思い切ってこの場で聞くことにした。
「……1年の頃の東舘さん、みたいな話」
「……あぁ。あれか」
「俺今まで疑うことなかったんですけど……ちゃんと考えてみると継さんと東舘さん、どう考えても友だちにはならないタイプですよね。ぁすいません、失礼だなってのは重々承知してますが、」
「くくっ……そうだな。普段の俺だったら、進んで友だちになりたいとは思わないかもしれない」
「……でも今現在友だち、なんですよね?」
「……」
「……俺、東舘さんと初めて会ったときから……そりゃあ酷い出会い方だったので初対面から拒絶してたんですけど…………継さんの言う、1年の頃の東舘さんを知らないので……だから、」
「1年の頃の東舘のこと、教えてほしい、か」
「……はい」
視線を書類に落としたまま、宮代さんの唇は緩やかな弧を描いていた。
「……ひとつ確認していいか」
「?……はい」
「優が、知りたいんだな?」
「……」
……藏元が、気にしていたから……けど。俺も、知りたいって、確かに思ってる。
「はい」
「…………そうだな。色々、混乱するだろうからな……何から話したらいいか……」
ペンを置いた宮代さんは机に手を置いて組むと、優しく微笑みながら話し始めてくれた。
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