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本日の天気、快晴。風もなく穏やかな気候。
正しく、文化祭日和。天気に恵まれた。
……俺の気持ちは置き去りにして。
時刻は8時45分。外部の来客者は15分も前から入場可能になっている。外の活気が窓から聞こえてくる。普段立ち入ることのできない学校に入れたんだ。既に賑わい、なかなか盛況のようだ。
2Bの1公演目はもうすぐだ。
皆が衣装に着替えメイクを済ませ、忙しなく準備に追われている。
そんななか、全身鏡の前に立つ冴えない奴。鏡に映るそいつは不満いっぱいに俺を見ていた。
「……はぁ……気持ち悪い……」
女装した俺は、予想通りに全然似合わなかった。ショボい見た目に悲壮感が上乗せされた感じだ。
「あ、着替え終わったね!じゃあ次の公演まで宣伝よろしくね!」
「ねぇ……ほんとにこの格好で外歩くの?」
今回の宣伝係に拒否願望丸出しで聞く。するとその生徒は溌剌とした笑顔でガッツポーズしてきた。
「うん、目立って客寄せに丁度いいじゃん!」
「悪目立ちだよ。醜態晒すだけだよ」
「そんなことないって!成崎くん、なかなか似合ってるし!」
「勘弁してよ。フォローにもなってないし」
「フォローじゃないよ!成崎くん脚綺麗だし、スカートでも全然あり!」
「……」
なんかそれ、いつかどこかで誰かさんとやったやり取り……
「それは俺も思ってた。醜態って言うほどじゃないよ?むしろほんとに可愛い」
「渡辺……お前まで何言ってんの」
近くに寄ってきた渡辺は、当たり前のように綺麗な女性に仕上がっていた。これ高校生の女装のレベルじゃないね。そんな子に言われると、ますます自信無くすわ……
「外歩くんならせめて緑色の仮面付けさせて」
「それは設定分からない人から見たら怖いでしょー。だから駄目ぇ。ただの女装で行ってきてくださーい」
「……」
「じゃあふたりで宣伝よろしくね!豪華賞品は君たちの宣伝にもかかってるからね!!」
現金なクラスメイトはそう言い残して次の準備に取り掛かっていった。
「藏元くんが宣伝してくれたら、すぐだと思うんだけどね」
「あはは……それは異存ない」
だけど現状、藏元が宣伝に加わるのは難しいだろう。
何せ、8時28分に放送が鳴ったのだから。あの御方は、文化祭当日だろうがなんだろうがお構い無しだ。さすがに、藏元も出る2公演目までには戻ってくると思うけど……
「えーっと、じゃあ!あと3分くらいで教室にお客さん入れまーす!出演者は暗幕裏に行ってくださーい!」
緊張と高揚が混じる空気のなか、クラスメイトの掛け声が教室に響く。
「……じゃあ、俺たちは……はぁ……外、行きますか」
「そうだね……」
嫌々を飲み込みながら、渡辺とともに教室から出る。
扉を開ければ既に入場待ちのお客さんが廊下に並んでいて、思わずビクついてしまった。
「!?……ぇ……なんでこんな……行列……?」
「凄いね……校門前の宣伝、そんなに大々的にやってるのかな……?」
俺と渡辺がその列に驚愕しつつ、なるべく平静を装ってその横を通り過ぎていく。
だけど男子校の文化祭に来て、教室から出てきた奴がパッと見女子だったら皆気になるのが当然で、俺たちは思った通り好奇の目に晒された。
「ぁ、ほんとに女装してる子いる!」
「あの制服手作りかな?可愛いね!」
「てかめっちゃ可愛い、もう女子じゃん」
「うちも痩せないとー」
頭痛が、目眩が、吐き気が止まらない。逃げたい逃げたい逃げたい。
その場が居たたまれなくて歩行速度が無意識のうちに速くなる。
何かの囁きも笑い声も、嘲笑う音にしか聞こえなくて、だから嫌だったのにと肩を落としかけたとき並んでいた女子から声を掛けられた。
「あの、すみません」
「……?」
「はい?」
俺と渡辺は恐る恐る列の方を見た。声を掛けてきた女子は3人組みで、服とか化粧とかに拘りがあるようなお洒落が好きな女子高生って感じの子たちだった。
「写真、一緒に撮って貰えませんか?」
「写真……?」
「……や、……たな渡辺!俺撮ってやるから一緒に入れてもらえよ!」
「えっ!?ちょっと成崎くんっ!?」
こんなおぞましい姿、写真なんかに残してたまるかっ。渡辺は綺麗だからオッケー!
渡辺が文句を言う前に写真をお願いしてきた女子から携帯電話を受け取ろうとしたら、満面の笑みで首を振られた。
「ふたりとも、写真に入ってほしいですっ」
「…………いや、俺はぁ……写真写り悪いからぁ」
「大丈夫です!可愛いし、うちらも頑張って上手く撮るので!」
「……」
……俺って、女の子に本気でお願いされたら絶対断れないタイプの人間だ。
結局押し切られ、女子ひとりひとりと写真を撮った為、俺はこの世に出してはいけない恐ろしい写真を3枚生み出してしまった。
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