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目的地なんて無いまま、宣伝用の手作り看板を持って廊下を練り歩く。すれ違う人たちには必ずと言っていいほど見られるけど、こうなればもう無心になるしかない。 営業スマイルをくっつけて在り来たりな宣伝フレーズを繰り返し言いながら歩く。 「すいませんっ」 「はい?」 渡辺が、中学生くらいの女子ふたりに声を掛けられた。ふたりから発せられる空気に、渡辺は嫌な予感がしたようだ。 「あの、一緒に、しゃ、写真撮って貰えませんか?!」 「ぅ、うん……大丈夫ですよ」 ふたりの圧に戸惑いながらも頷いた渡辺から目を反らす。 今回俺は関係ない…………ん? 目を反らした先、ひとりで歩く男の子を発見。 回りに知り合いっぽい人は……いないな。ひとりで来たのか?でも様子がちょっと変だし……一応声掛けとくか? 「成崎くんも、」 「ごめん、ちょっと待って」 「?」 助けを求める渡辺から離れて、トボトボ歩く男の子に近づく。 「……こんちわ」 「!」 俺に急に声を掛けられて驚いた表情をした男の子は、不安そうな目で俺を見上げる。 この場合、しゃがんで目線合わせた方がいいよな? 「今日はひとりで来たのか?」 「……」 無言。さて、情報が欲しいんだけど、どうしようかな。 「……この学校には、にぃちゃんがいるのか?」 「……うん」 「そっか。じゃあ会いに来たんだ?」 「……うん。……でも、お母さんと……はぐれちゃってぇ……」 言葉にした途端、目に涙を浮かべる男の子の頭をポンポンと撫でる。 「大丈夫だよ、すぐ会えるから。心配すんな」 「ほんと……?」 「ん。めっちゃ余裕。でもここじゃ難しいから、お母さんを探してくれるところに一緒に行こっか?」 「探してくれるところ……?」 「そう。外にあるんだ。俺と一緒に行こう?」 立ち上がって、まだ不安の残る目をした男の子に手を差し出す。男の子は俺の手を握って見上げてきた。 「……おねぇちゃんっ」 「誰がおねぇちゃんだっ」 「??」 「……あ゛」 キョトンとする男の子に、俺は今の自分の姿を忘れていた。 そうだ俺今、気持ち悪いおねぇちゃんだ!!そして俺はこの醜態を、今から外に晒しに行くんだ……!! 自分で自分の首を絞めたことに項垂れていたら、ぎゅうっと握られた手。 「おねぇちゃん……?」 「……大丈夫、お母さんはすぐ見つかるから」 「……うんっ」 男の子の手を引いて歩き出す。今は自分の自尊心よりこの子だ。 「……あと、俺はおにぃちゃんだから」 「……スカート履いてるよ?」 「今日だけだ。今日だけ」 「……今日だけおねぇちゃん?」 「……まぁ、……いいやそれで」 「おねぇちゃんかわいいね」 「どーも」 小さい子の純粋さには勝てない。 俺は男の子におねぇちゃんと連呼されながら、校舎前広場の本部テントまで男の子を連れていく。 「すいませーん」 「はいはーい!……お?成崎じゃん!どうした?」 対応に現れたのは髙橋だった。これは当たりかもしれない。髙橋は子供の扱いは上手そうだから。 「迷子のお届け」 「あらら。大変だったなぁー。君、お名前は?」 「……」 不安げに俺を見上げてくる男の子に笑いかけて話すよう促す。 「……えっと……塚本、」 え゛?? 「亮介??」 俺が男の子の苗字を聞いてゾッとしたとき、男の子を呼ぶ声が聞こえた。 ま、まさかこの子のお兄さんって……!? 「……あっ!にぃちゃん!!」 男の子は満面の笑みでその生徒に向かって走っていくと、腹にタックルする勢いで抱きついた。 「…………ハハッ……風紀委員長様じゃないですかぁ……」 そんな馬鹿な……あの鬼の弟が、とっても純粋な子だなんて……兄弟って摩訶不思議。 「……よぉ。成崎 優」 「ど、どーもー……弟さん、見つかってよかったですぅ……」 「ふん……お前、今俺のことなんて呼んだ?」 「……え゛……?」 「約束を破ったんだ。どんな罰則にしようか」 えええぇえええ!?弟助けたのにいきなりそんな仕打ちですか!?お礼すらも言われてないんですけど!!?今のくらい許してよ!!? 「にぃちゃん!!!」 「……なんだ?」 「俺のおねぇちゃんを苛めないでよ!!」 「…………おねぇちゃん?」 「…………」 弟よ。話がややこしくなるからやめてくれ。 「……亮介、あいつは男だぞ」 「今日はおねぇちゃんだよ!明日からはおにぃちゃんだけど……でも、俺を助けてくれたおねぇちゃんを苛めるな!」 「…………」 ……あれ?委員長様……反論しないの? 「おねぇちゃんを苛めたら、俺はにぃちゃんとゼッコウするから!」 「…………分かった。もうしない」 嘘だろおおぉおおぉ!!?まさかの、兄弟にはめっちゃ優しいお兄ちゃんだったとか!?そんなの誰が想像できたっていうんだ!!? 「……じゃ……あ、あと……よろしく、髙橋」 後退りながら髙橋を見れば、ポーッとした様子で塚本兄弟を見つめている髙橋。 「……?髙橋?」 「!っはい、おう、ま、任せろ!!」 「??……んじゃ……」 片手を上げてその場から逃げるように歩き出せば、完璧に元気になった弟が大声で手を振ってきた。 「おにぃちゃんのおねぇちゃん!ありがとう!!」 「……ははっ。じゃーなー……」 なるべく笑顔で手を振り返すが、弟の後ろの風紀委員長様の表情が怖すぎて多分めっちゃぎこちなかった。

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