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プライド……と言ったら少し言い過ぎか。それよりも意地、と言ったほうがあっている気がする。
他人の声から逃げるように、打ち上げ会場の体育館を避けて寮に戻った俺は風呂に入って汗を流し、夕食の準備をしていた。
意地で打ち上げを欠席したのに、寮に戻ってからもずっと、携帯電話が鳴っていた。
これじゃ欠席した意味がない……いっそ電源切るか?……でも急ぎの連絡が入ったら困るしな……
着信音が鳴る度に名前を確認してから無視していた。じゃがいもの皮を剥き、一口大に切っていたとき再び着信音が鳴った。
今度は誰だよもう……
「…………アミ……」
画面に表示された名前に、手を止めて悩んだ。
アミの用件は祝福なんかじゃないだろう。だから取るべきなんだと思う……けど。同性を、藏元を好きになったことを知られた今、どんな態度で話せばいいのか分からない。
「………………はい」
悩んだ末、電話を取った。
「ぁすーちゃん、ごめんね。一言、謝っておきたくて」
「?」
電話向こうから聞こえてきたアミの第一声に、俺は内容が理解できなかった。
「謝るって……何を?」
「ほら……うち、無神経にも、亜美ちゃんを連れていったでしょ?だから、ごめんね。」
「……それは、知らなかったからだろ」
「でも主役の劇をすっぽかすほどショックだったんでしょ?ほんと、ごめんね。」
「いやそれは……うーん……」
そうか。俺が出るから劇見に行ったのに、結局俺出てねぇんだもんな。これは俺が謝るほうじゃないのか?
「でも、大丈夫だよ。亜美ちゃんにあの人と話した内容を聞いたけど、何も問題ないから」
「藏元との、話?」
「うん」
……知りたい。でも、……藏元以外の誰かから、聞いてしまっていいんだろうか。
「……あの……それって、」
問いかけたとき、来訪者を知らせるインターフォンが鳴った。
「……?」
「すーちゃん?」
「……ぁえっと……それってさ、」
アミとの電話をしたまま、玄関に向かう。祝福絡みの来訪者ならさっさと話を済ませて追い返そうと思った。
ドアを開けながら、アミに質問を投げた。
「俺が聞いちゃっても問題無い感じの………………あ」
ドアを開けた先、そこにいた人たちに、俺はまたしても会話を途中で止められた。
「今日がこんなにめでたい日なのに、このままおやすみはあり得ないでしょー!?」
「ちゃんとふたりきりの時間を楽しむこと!いいね!?」
「電話?さっさと終わらせなさーいっ」
酔っ払い集団のように大騒ぎする生徒たちが、問答無用でひとりを俺の部屋に押し込んできた。
「ちょっちょっと、何、お前らっ!?」
訳も分からないまま押し込まれた人物、藏元を受け止めるがハイテンション集団は特に何の説明もなくケラケラと笑ってはバイバーイと手を振ってドアを閉めていった。
「…………」
「…………」
「……もしもーし?すーちゃん?大丈夫ー?」
あまり広いとは言えない玄関で目の前に立つ藏元は少々気まずそう。
俺はなんでこんなことになったのか聞きたかったけど、取り敢えず電話のやり取りに戻る。
「……ぁ、うん。……えっと、なんだっけ……?」
「亜美ちゃんが、イケメンさんと話した会話の内容!」
「あっ……えっと、今は、いいや」
「え?なんで?すーちゃんが聞いても多分大丈夫だよ?」
「おぅ、でもその、ぁあ後から、聞くから。掛け直す、から」
「ぇすぐ知りたくないの?うちは今すぐ話したい!あははっ」
アミの声が大きくて目の前にいる藏元に内容が筒抜けなんじゃないかってハラハラする。
……つーか、もう聞こえてると思う。
「…………幼馴染みの子?」
ほらね。
俺は無言でコクコクと頷いた。
「まさかうちがすーちゃんの恋愛に─」
「……河村とのやり取りなら、俺が全部話すよ」
電話の向こうで喋り続けるアミ、それに被せて藏元が目の前で囁く。
「ぶっちゃけ、かなりワクワクしてるんだよねぇ!」
「だから成崎、……早く電話終わらせてよ」
「!?」
「相手もそうだけど、すーちゃんの恋愛自体がさぁ─」
より近く、耳元で喋っているのはアミのほうなのに、藏元の囁いた言葉のほうがより強く耳に残って……
俺はアミの言葉を遮った。
「アミ、ありがと。だけど、本人から聞くから……じゃあ切るね」
「……あっ。……はーい、おやすみぃ」
挨拶のあとにクスクス笑う声が聞こえた。
電話を終わらせ、この場で話すのもどうかと思い取り敢えずキッチンに戻ろうかと、少し探りながらゆっくりと動いた。
「…………まだ、戸惑ってる?」
3歩進んだところで、藏元に後ろから抱き締められた。
……心臓に、悪い……。
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