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目の前で優しく微笑んでる藏元。何か話してた気もするんだけど、会話の内容が思い出せない。 多分……なんでもない、他愛ない話だったと思うんだ。 俺が何かを話そうとしたとき、いつからいたのか、藏元の隣に亜美さんが現れた。 そして、亜美さんの唇があの言葉の輪郭を描いた。 “玲麻くん” ……ったく、俺は何に嫉妬してんだよ。藏元の説明で俺は納得した筈だろ?亜美さんは皆を名前呼びするんだ。俺のことだって名前で呼んでた。藏元を特別にしてるわけじゃない……。 自分に言い訳してると、藏元が隣の亜美さんに微笑んで何か話し掛けた。 ……んだよ。 お前だって美人が好きなんじゃん…… 藏元と亜美さん、向き合って何かを話しているけど、その声が全く聞こえない。目の前にいるのに、こんなに近くにいるのに、ふたりの笑いあう表情しか分からない。 なんだこれ?何話してんの?なぁ藏元、亜美さんに何て言ってんの?なんでそんなに笑いかけるんだよ。 亜美さんばっかり……見てんじゃねぇよ…… 「……れぃ、……ま……」 ………… 「それ、……寝惚けて言うのかぁ……」 …………? さっきまでの、目の前で微笑んでる藏元の声は殆ど聞こえてこなかったのに。 今度は確実に、はっきりと藏元の声が意識のなかに入ってきた。誰かの手が、頭を優しく撫でてくれている。 肌寒くて、温かみを感じる何かに体をすり寄せる。 「……はぁ……無自覚怖ぇ……」 「…………?」 囁かれたその声は、100%藏元のものだ。うっすらと開いた瞼の向こうに白い光が見える。 あぁ……俺寝てたんだ……。てことは、亜美さんも、笑顔も……夢だったんだ…………。 会話の内容も思い出せない、声も聞こえない。何故なら夢だったから。 徐々にはっきりとしてくる脳で、謎現象を解明していたら新たな謎が生まれた。 顔を少し上に向けると藏元の顔があった。ちょっと近い気もする。 「…………??」 「……お早う」 「…………ん……」 まだ眠いけど無視するのも失礼だし、取り敢えず唸る。 ……ん?……目の前には、藏元の鎖骨。真上には藏元の顔。寒いからって、寝惚ける俺がすり寄ったのは…… 「……………………ハ!!!?」 「あっ、待っ」 藏元に抱きつく形で寝ていた俺は、その現状を理解した瞬間両手で藏元の胸を押し返して離れた。離れたそのすぐあと、宙に浮く感覚があったが、ヤバイと思った次の瞬間には藏元に引き戻されていた。 「急に暴れると落ちちゃうよ」 「……ぉ……ごめ、……」 頭上からクスクス笑う藏元の声が聞こえてくる。再び藏元の腕のなかに戻ってしまった俺は、ソファーから落っこちそうになったドキドキと今この状況のドキドキで、心臓が大騒ぎしていた。 「……何故、こんなことになっているのだろうか……」 「ん?ぁ、えっとね……昨日の夜、俺がお風呂借りてる間に、成崎ソファーで寝ちゃってたんだよ」 「……あ……」 そうだ。歯磨きしたあと、弛い睡魔が来て(うた)()してたらそのまま…… 「凄く疲れてたんだろうね。声掛けても起きる気配無くて」 「叩き起こして良かったんだぞ……」 「ううん。爆睡してるし起こすのも可哀想だから寝室から毛布を持ってきて掛けたんだけど……」 言葉を止めた藏元。 一先ず毛布掛けてくれてありがとう…………だけど? 「…………何……?」 「…………うん……」 ……は?うん、て何? 意味不明な一言のあと、藏元の抱擁が少しだけきつくなって、それで俺は急激な焦燥感に駆られた。 「っ……ぉ、俺何かやらかしたな!?だろ!?なぁ!?」 「……はは……やらかしたって……そんなのじゃないよ」 大慌てで藏元を見上げれば少し恥ずかしそうに含羞(はにか)む藏元に確信する。 はっきり言わない、それは俺が藏元に対して、藏元が照れてしまうような、な、な、何かを、寝惚けてやってしまったという……言葉よりも明確なリアクション。 「ご、本当にごめんなさいっ。記憶はないけど、心から謝っとくっ!!」 「謝ることじゃないよ、本当に」 「いや、お前は優しすぎるから絶対─」 「……手を、握ってくれたんだよ」 「……はい?」 「寒かったらしくて、手を掴んできて……“寒い”って呟いて、手を繋いだまま丸まっちゃうから……」 「…………え゛ぇ……?」 ぉおおぉおぉぉお俺ぇええぇぇええっ!!何してんだよ!!藏元をソファーに拘束したのはやっぱり俺じゃんかぁああぁあぁぁあっ!!! 「だから、俺もここで寝ちゃおうってなった…………成崎、甘え方可愛すぎだよ。」 「馬鹿言うなっ!藏元までこんなとこで寝る必要なかっただろ!ベッドもふたつあるのになんでわざわざっ」 「俺は嬉しかったよ。狭くても、ベッドよりずっと良かった」 ……やめろ。そんな風に笑うな。そんなに幸せそうに笑われたら、俺まで、嬉しくなってしまうだろうが。 「可愛い寝言も聞けたしね」 「……ね、寝言?」 「うん。」 「ちょお……もう勘弁してください。恥の上塗りはもう間に合ってます」 ため息を吐きながら、藏元の腕の中から起き上がる。毛布から抜け出た空間はやっぱり少し肌寒い。 「今度は起きてるときに聞けるといいな、なんて」 「知らないです知らないです。寝ている時の俺のことなんて忘れてください」 「ふっ…………忘れるなんて勿体無いよ」 「……しつこい」 ソファーに座り直した藏元は、キッチンへと向かう俺に楽しげに微笑む。 「朝食作るの?」 「ん」 「俺手伝えることある?」 「…………」 「……何?」 振り返って藏元を見る。あの眩しい笑顔が消えることはない。 そんなに楽しいのかよ?そんなに嬉しかったのかよ?あんなの、今までにいくらだってされてきた筈だろ?今さら俺がしたところで…………。でも、そんなに喜ばれたらさぁ………………。 「朝は、ご飯派?パン派?……どっち?玲麻」 「……!!?」 「…………」 「えっ……今、えっ!?覚えてっ……!?」 ソファーから立ち上がり驚愕する藏元から逃げるように距離をとりキッチンに入った俺は、爆発寸前の心臓を必死に隠して朝食の準備を始めた。

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