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周囲から自分を遮断するように、両耳にイヤホンをしてクラスメイトから借りた今日の授業のノートを書き写す。 午前中、小竹に情報を貰いに行って、昼休みにその情報を皆に開示しようとした。 その時、俺も初めて小竹からのメモを見た。 アイドル様方の勉強会の予定なんて俺には関係ない。 そう緩く構えて見たものだから、その予想外の内容に驚きを隠せず思わずフリーズしてしまった。その間、周囲から嫌な視線を強烈に感じた。 貰ってすぐにひとりで確認しておくべきだったと脳内で一万回くらい後悔したと思う。あの“誘った?”の意味がその時初めて分かった。 驚きが大きすぎて、動揺が治まらなくて、今この場で誘われても決心がつかない。動揺から変なことを口走ってしまい、状況を悪化させかねない。 だから俺は、クラスメイトたちにメモを押し付けるようにして預け、その状況から逃げた。 が、逃げたものの、そのあとの授業が手につく筈もなく、そして今現在、クラスメイトのノートを書き写している状況に至る。 しかしそれも写すだけの作業で、内容は全然頭に入ってこない。 そんな形だけの作業をしていた俺の手元に、フッと影が落ちてきた。 「……?」 前の席の椅子を引き寄せて、俺の机の前に座った藏元は、何も言わずにノートに視線を落としている。 「…………」 ……これ、イヤホン取った方がいい……のか?まだ動揺も戸惑いもあるし、対面するの、正直気まずいんだけどな…… どうしようか悩んでいると、藏元は授業で配られたプリントを裏返し、近くに置いていた俺のシャーペンを取ると何かをサラサラと書き出した。 “イヤホン、片方借りてもいい?” コクリと頷いて特に抵抗もせず片方を取って渡す。イヤホンをつけて静かに音楽を聴いている藏元に、俺も釣られて音楽に集中してしまう。 そして再びシャーペンを握り、何かを書き出した藏元。 「…………?」 “だず ぃ めいゆー ひぃ あらい” 「……?」 “何?” 書かれたことが俺には解読不能で、俺も書いて聞き返す。 “うぇんとぅ ぁぱーり じゃす ????” 途中まで書いたところでそのあとは全てクエスチョンマークになった。 ぇ何?なぞなぞ?クエスチョンマークってことは何か質問を…… 「…………ぁ」 “歌詞書いてる?” 今俺が聴いているのは洋楽。藏元はその歌詞を耳で聴いたまま書いてたんだ。 “yes” “そこだけ英語かよ” yesと書いて得意気に笑った藏元に、それは誰でも書ける単語だろと笑ってしまう。 俺も藏元もイヤホンをつけているのは片方だけなので声が聞こえないわけじゃい。 なのに何故か、ひたすら筆談。 “今ナスって言った” “言ってない” “言ってた” “言ってない” “今スルメって” 「ふっ……」 思わず吹いてしまった。藏元、変な耳してる。 “言ってない。どんな歌だよ” “洋楽好きなの?” “歌手の声が好き” “たしかに。いい声だね” 笑い声を圧し殺しながら、ふたりでカリカリ書きあってるこの光景、筆談の必要性が全く無い普通の会話、変な光景だよなってそれすら笑えてくる。 “くら元は英語苦手なの?” 藏元の藏は、この筆談で書くには画数が多すぎたので、ひらがなで省略した。 “得意ではないよ。日本人だし” “その屁理屈言う派だったんだな” “派ってなに” 藏元がクスッと笑った。 “なりさきは?得意なの?” 俺の名前は全部ひらがなだった。 “得意まではいかないけど、最低限” “俺と同じくらいか” “くら元よりはちょい上” “馬鹿にしてる?” 両者必死に笑いを堪えながらお互いをからかう。ペンを持つ手がどうしても震える。 “俺はyesより、that's rightで答えるし” 俺の勝ちを示すように藏元にニヤリと笑えば眉を上げて少し笑った藏元は、落書きをしまくったプリントの最後のスペースに1文書いた。 “勉強会で、英語教えてくれない?” 「…………」 勝ったと思ったのに、誘われた。

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