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藏元を様呼びするこの異様な空間で、怒りを露にする藏元に、果たして俺は何て言うべきなんだろうか……
……ん?様呼び……皆が崇拝…………あ。
「おぉ、神よっ、どうかその怒りを鎮めたまえ……!」
「……え?」
「貴方様の御心のままに致しましょう」
「ちょっと、……成崎?」
「ですからどうか、その寛大な御心を持って、未熟な我らに許しを賜りますよう」
「何言ってるの?」
「ん?なんか、この場の藏元がそんな感じに見えたから……神に懺悔するみたいにやってみた」
「あのね成崎……こっちは真剣に」
「まぁまぁ落ち着けよ神元様」
「誰だよ」
「ルールを守るっていっても、俺のなかでの常識のルールだから。心配すんなって」
親指を立てて藏……いや、神元に言えば、怒りを消しフッと笑って座り直した。
「じゃあそのルールに足しておいて。俺を神様扱いも無し」
「神元……よくない?」
「よくない。……気に入ったの?」
「思い付きで言ってみたけど、我ながらいい名前だなって思った。神懸かってる感じで、かっこよくない?」
「もう……人の名前を、思い付きで遊ぶな」
既に怒りは微塵もなくクスクス笑う藏元を、境さんは奇妙な目で見ていた。
境さんは口調や態度からするに、根が凄く真面目な人なんだろうな。だから多分、真剣だった藏元におどけて返した俺の態度は境さんにとってはあり得ない対応だったんだろう。
それを、正すどころか笑って済ませてしまった藏元に、それでいいのかと口には出さずとも奇妙に思っているんだろう。
ただ、そもそも藏元と俺の空気感はこんな感じが当たり前で通常運転なわけで、“いつも通り”を望んだのは藏元だから、俺はそれに従っていつも通りふざけたまで。
つーことで、失礼に思われたならそれは藏元のせい。……てことにする。
「……コホン。では、漸く、全員揃いましたので。再開します。」
漸く、を強調しながら境さんはこちらを見た。
いや、俺係の仕事で遅れたんだよ?そこはしょうがなくない?さすがにそれは八つ当たりじゃない?
境さんの一言にポツポツと返事をしたファンたちは自主勉を再開した。
……みんな、黙々とやってる。勉強するなら充分な環境ではあるけども……ここでやる意味ある?特に後ろの人たち……
やっぱりこの場に集まった人たちの目的が分からなくて悩んでいると、少し離れた席に座っていた数人がコソコソと相談したのちひとりが手を挙げた。それに気づいた藏元と境さんは席を立つとその生徒のもとまで行った。
「???」
何?何か始まるのか?
状況が理解できず頬杖をついて様子を見ていると、藏元は挙手した生徒の隣に屈むと問題集を指でなぞって話し始めた。
あー、教えに行ったのかぁ。挙手制で、藏元が教えに来てくれるんだ。だから席の距離関係無しにこんなに人が参加してるんだ。でも境さんはなんでついて行った?……ぁ、ファンは先輩の可能性もあるのか。藏元が教えられない問題だったときはあの人が代わりにっつーことかな。
少しずつ自分の中の疑問を解決しつつ、ぼんやりとその光景を眺める。
「なるほどっ……分かりましたっありがとうございました!」
「うん、よかった」
にこりと爽やかに微笑んだ藏元に生徒たちがキャッキャと騒いだ。
「あっあの、藏元様は」
教えてもらってじゃあバイバイ、では終わりたくなかったのだろう。生徒が会話を雑談に持ち込もうとしたとき、藏元の傍に控えていた境さんが目を細めた。途端、生徒は言葉を詰まらせ視線を泳がせた。
「─……に教えてもらったこと、無駄にしないよう頑張りますっ」
「?うん。俺でよければいつでも教えるから」
キラキラの笑顔を添えて告げる藏元の横で、凍てつく視線を生徒に向ける境さん。
……俺の考えは、4割正解ってところだったか。あの人、でしゃばったファンを威圧する目的で隣にいるんだ……。怖。
半笑いで眺めていたら、手元にくしゃくしゃに丸められた紙が飛んできた。
「……?」
ゴミ投げられた?……いじめの続き?あー、藏元の目と鼻の先で藏元に気づかれないようにいじめようって?
ハッ。紙屑を投げられたくらいで俺が傷つくとでも?歯牙にかけるとでも?残念でした。俺のいじめに対する精神力ナメんなよ。こんなものじゃ藏元に助けを求めるどころか、落ち込むことすら──
「─きくん」
「成崎くんっ……!」
小さく聞こえてきた俺を呼ぶ声に気付きそちらを見れば、男子が数人こちらを見ていた。そして、何かを開くようなジェスチャーを繰り返している。
「……ぁ」
そのジェスチャーで漸く、紙屑を広げろと訴えられていることに気付いた。
俺勝手に嫌がらせだと思っちゃったよ。被害妄想先走っちゃったよ恥ずかしい……。
顔には出さないように反省しつつ、くしゃくしゃの紙を広げた。
“告白の言葉を教えてほしいな!”
「!!??」
書かれていた1文に衝撃を受けせっかく広げた紙を、再度両手で丸め潰した。
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