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クスクス笑うそいつらは再び丸めた紙を投げてきた。
俺が、1枚目の内容を見てから2枚目を開くと思うかっ!?
何の躊躇いもなく2枚目はそのままくしゃりと握り締める。あー!とかえー?!とか小声でリアクションする彼らは、読まない俺を良しとはしないものの怒るどころかケラケラと馬鹿にしたように笑っている。
こいつら俺と殆んど初対面のくせに、俺をからかって遊んでる!藏元がそうしたからかっ!?藏元のすることはこの人たちの教科書になるのか!?この場所では、藏元が良し悪しの基準になるのか!?
俺の苛立ちを他所にまた紙が飛んできた。そしてそれを投げてきた生徒が口を尖らせて囁いてきた。
「おい読めよー。何妄想して勝手に無視してんだよー。自意識過剰かぁ?」
……イラァ……
過剰も何も、変な質問されたらそれ以降警戒するのが普通だろ。中身気になる開きたい、という気持ちが皆無なんだよ。これならいじめのほうがまだよかった。
「そんな大したこと書いてないから読んでー。隠されると余計気になるからー」
やべぇ……めっちゃ面倒なファンだぁ。よりによってなんでこんなに席近いんだよぉ……。
「妄想癖かー?照れ屋かー?純心気取ってんのかー?」
「…………」
絡み方が非常に鬱陶しい。もういい。さっさと済ませて受け流そう。
乱雑に手元の紙を広げる。
“ストレッチはちゃんとやってる?”
「…………は?」
なんだこの意味不明の質問は……?完全に俺の警戒損じゃん。
首を傾げて、俺は名前も知らないその人に首を振った。
「!?えっじゃ、まさか逆!?」
??逆?逆って何?ストレッチの逆って…………ブリッジ?逆立ち?
「逆は想像してなかったー!」
「えー単純に分かってないだけじゃない?」
「だよねー。元々ノンケなんだろ?あいつ」
コソコソと話し合うそいつらに、話し掛けてきておいて俺抜きで話進めんなよとか思った。そのあとも暫く小声で話続ける彼らに痺れを切らして、俺はノートを1ページ破り、そこに返事を書く。
“それとくら元、なんか関係あるんすか?”
率直な疑問を記して、それを丸めて投げようとした。
「何してるの?」
「!!」
ビクゥッ
いつの間にか隣に戻ってきていた藏元が、肘を後ろに引いた俺の不自然な体勢に首を傾げていた。
「ぇえーと……なにも?」
紙は握り締めたまま肩を回して誤魔化す。
「……成崎は誰かと、教えあってたの?」
俺に聞いても答えないと判断したらしい藏元は、周囲の生徒に問いかけた。紙を投げてきたあいつらはお互いの顔を見合わせてはバレバレの知らん顔を決め込んだ。
下手くそかっ!
「…………隠さなくてもいいのに。皆と、打ち解けてくれて嬉しいよ」
ふんわりと笑った藏元。
その笑顔を見て、
うわぁっと頬を赤くするファンたち。
うわぁっと見惚れる境さん。
うわぁ……と寒気を感じる俺。
何が不満でそんなつくり笑顔なんでしょうか。秘密を作ったことですか?打ち解けたことですか?怖いのでさっさと引っ込めてください。
「成崎は何の勉強するの?」
「んー持ってきたのは、数学と英語だけ」
「じゃあ英語一緒に」
「……あー藏元、藏元」
「何?」
英語の問題集を開く藏元の腕をツンツンとつついて、ファンの方を指差す。その先、挙手している生徒がまたひとり。
「……行ってくるよ」
「おぅ、頑張れー」
残念そうに笑った藏元は再び席を立って挙手する生徒の方へ歩いていった。
さて、俺もちゃんと勉強するフリしようかな。
座り直し、シャーペンを持ったらポケットに入っていた携帯電話が震えた。取り出して画面を見れば、“髙橋 久道”の文字。
「?」
珍しい人から電話が来た。でもこの場所で電話に出るのは憚られるので、手に携帯電話を持ったまま席を立った。数人の視線を感じながらも、なるべく静かに図書室を出る。
「もしもし」
「遅ぇ」
!!?
ブチッ
電話に出た瞬間聞こえてきた相手の声に驚きすぎて思わず電話を切ってしまった。
すると直ぐ様掛かってきた電話。
画面には間違いなく髙橋の名前が表示されている。
それなのに、それなのにっ!!何故あの御方の声が……!?
「……はぃ」
「勝手に切ってんじゃねぇよ、ナメてんのか」
ひぃいいっ
「すみませんすみませんっ!髙橋だと、思ったので……!ビックリしてしまいましてっ」
「生憎と俺はお前の電話番号は知らないからな。髙橋久道に借りてる」
生憎か……俺にとっては不幸中の幸い。とっても嬉しいことだよ。
「ハハハそうでしたかー。で、髙橋は……生きてますか?」
「どういう意味だ」
「そのままの意味です」
あんたに関わって、無傷でいるほうが珍しいだろ……
「隣にいる。いつも通りに見えるが?」
「ぁそうですか、それは吉報です」
「……お前、俺に遠回しに喧嘩売ってるよな?」
「いえいえいえいえっとんでもないっ。でもやっぱその……髙橋と仲いいんですね」
「んなことどうでもいい。勝手に話題をつくるな」
理不尽偉そう傲慢身勝手クッソ下衆委員長
「……今ムカつくこと思ったな」
「!!?ななな何も思ってなんか」
「なるほど。次会ったらシメる」
「はぁああっ!??それで納得するわけ」
「本題だ。今から番号言うから、覚えろ」
「……は??」
「1回しか言わねぇからな。ゼ」
「ちょちょ!?はっ!?ちょっと待ってください!取り敢えずメモりますから!待ってください!!」
意味分かんねぇ!!番号って何!?覚えろってどういうこと!?一体何の番号!!?勝手に言い出したくせに1度しか言わないってどんな理屈!!?
遅ぇなさっさとしろよと電話の向こうで苛つく風紀委員長様に煽られながら、俺は図書室に慌てて戻った。
出ていくときとは真逆でバタバタと駆け込んできた俺に、勉強会に参加していた全員が視線を寄越した。
慌てる俺はそれを気にするどころではなく、テーブルに置いていた俺のノートをぞんざいに開いた。
「はいっはいどうぞ!!」
「やっとかよ」
大きなため息を吐き、風紀委員長様は番号を告げる。
「………………えっと……これは……」
メモを終えノートを持ち上げ、さすがにここで電話を続ける気にもならず、周囲にペコペコと会釈しながら図書室を出る。
その途中藏元と視線が合ったが、皆と同じく会釈で済ませて通りすぎた。
「……これは一体…………どちら様の番号なんでしょうか……」
告げられた番号は、どう考えても、固定電話の電話番号だった。そうでなければ、あるいは、経度や緯度や時刻や、何かを示す暗号……?
「そこに掛けろ」
「え?」
「で、断れ」
「は?」
「守ることは二つ。まず、お前は俺の友人であることにしろ」
「……え゛?」
「そして、泣かすな」
「………………」
「その二つは必ず守れ。じゃあな」
「は!!!?ちょ、ちょっと待っ」
その電話番号が誰のものなのかも言われず、何故俺が掛けなきゃならないのかも言われず、一方的にルールを告げられ、俺が何か言う前にブツリと切られた。
「…………」
俺はこれから、イタズラ電話か、なりすまし電話か、間違い電話をするらしい。
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