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図書室に戻って席に歩いていくなか、藏元に視線を向ける。 さっきはわざわざ様子を見に来てくれたんだ。謝罪のひとつもしようと思ったんだけど、藏元は絶賛先生中だった。 まぁその中に割って入る程でもないか……あとにしよう。 そう思ってそのまま通り過ぎて席に着く。静寂とまではいかないけど、皆集中して勉強に取り組んでいる。 俺もここに来た以上それなりに勉強すべきだよな……。 問題集を広げながら、どうしても気になってしまって、藏元を盗み見た。 「…………」 ……おい。やけに距離近くねぇか……? 前屈みになってテーブルに手をつき、生徒の真横で説明している。生徒は顔を赤らめながらも真剣に藏元の話に耳を傾けコクコクと頷いている。……ウサギ、ハムスター……そんな可愛らしい小動物を連想される、可愛らしい生徒。藏元が笑いかけると、その生徒は照れ隠しなのか前髪をいじって俯く。 ……聞こえないけど、雰囲気で何となく察する。ふたりは今、楽しげに雑談している。何故か今に限って境さんは傍にいない。……ぁ、別の生徒に教えてる……。 「……最悪だ……」 この光景を見て苛つくくらいなら、もう少し廊下にいればよかった。 自分の幼い精神力に幻滅して、集中力も消滅してしまった俺はそれから暫く、真っ白なノートをただ睨んでいた。 ***** 「藏元様っありがとうございました!またお願いします!」 「うん、お疲れ様。またね」 勉強会の終了時刻になり、喜びを抑えられない声でファンたちが感謝を伝え図書室を出ていく。その扉の前で、藏元は完璧な笑顔を添えてひとりひとりを見送っていた。 皆が出入り口に一列に並んで挨拶待ちをするなか、俺は未だに座ったままその光景を眺めていた。 ニコニコにこにこニコニコにこにこ……顔面の筋肉つりそう。これいつ終わるんだろうな……。 そして漸く、最後のひとりが挨拶を済ませ図書室を出ていった。 やっと終わった、そう思って席を立ち藏元に近づこうとしたら、今まで藏元の影に隠れて見えていなかった境さんが現れ藏元と話し始めた。 「……まじか……」 苛立って思わず溢してしまったネガティブな意味合いの独り言。ふたりが会話を止め、同時にこちらを見た。 「ぁ……ごめん……」 「成崎」 「?」 境さんとの話が終わるまで、もう少し待とう。椅子に座り直そうとしたら藏元に呼ばれ振り向く。 「先に戻ってくれても大丈夫だよ」 「……ぁ……ううん、俺は、」 話したいことがあるんだ。 「僕もそのほうがいいと思います」 境さんが言いたいのは、俺が邪魔ってことだろ。 「藏元様にはご相談したいことがあるので、少し時間がかかるかもしれません」 俺に言ってるくせに、ずっと藏元を見てる境さん。 「あなたはすごく疲れが溜まっているみたいですから、帰って休んだほうが藏元様も安心できますでしょうし」 ……何が安心…………何がっ 「素晴らしい太鼓ですね……持ち慣れてるんですか」 「?はい?」 「!?……成崎っ!」 「っ……」 境さんは眉を寄せて俺を見たが、藏元はハッとして俺を咎めるように見つめてきた。 「……すみません境先輩、また改めてでも大丈夫ですか?」 「え……でも、」 「すみません。境先輩の予定に合わせますし、俺が3年の教室に行っても構いませんから」 「!そ、それはっ僕が行きますからっ」 藏元が自分に合わせてきたことに恐縮した境さんはブンブンと大きく手を振った。また改めて!と一礼して荷物をまとめた境さんは図書室を出ていった。 「…………」 「……成崎……バレてないとはいえ、今のは失礼だよ。」 「…………」 「…………他人に当たるなんて珍しいね。何に苛ついてるの」 「…………分かってるくせに」 「分からないよ」 「嘘つけ。あからさまに、俺に見せつけてたじゃん」 ファンと楽しそうにするその姿、あれは俺が気にしていると分かってやっていた。それくらい、俺だって気づく。 「…………じゃあ、俺が苛ついてるのも気付いてたんだ?」 「…………?」 え?藏元、苛ついてたの?そこは……分かんなかった。 「……堂々と浮気されて、俺が怒らないとでも思った?」 「……え……は?ぅ、うわ、浮気??」 「俺は成崎から、あんなに可愛い“大好き”、もらったことないけど」 「…………は?」 「家にまで誘われたの?俺に聞かれなきゃ行くつもりだったわけ?」 「いやっいやいやっ。それこそ誤解してる!」 「へぇ?じゃあ成崎は、恋人以外のどんな人にあんなに甘い声を使うわけ?」 「あの……だから……相手は子ども……だよ」 「子ども?子どもと電話する経緯がさっぱり分からないけど」 経緯は複雑すぎて俺もよく分かってないんだよ。 「……とにかく、そういう相手じゃないから」 「じゃあなんですぐ言いに来なかったの」 「だって、」 「…………」 「…………」 「…………何?」 「……邪魔したら……悪い……から」 「邪魔?」 「ファンのために勉強会やってるなら、そこには俺が入らない方がいいに決まってるじゃん!!入っちゃったら俺、余計なこと言っちゃうと思ったから!近いから離れろなんてこんな場所で言えるわけないだろ!!我慢するしかないだろ!!?」 「!!…………成崎、ごめん」 「…………俺もごめん。誤解生むような電話してた……な……」 「俺は成崎と一緒にいたかったから誘ったけど、そうだよね……俺が逆の立場だったら、皆に苛ついてるな。」 藏元は扉に寄りかかり、大きくため息を吐いた。その姿がまた、様になっている。 「…………まぁその…………俺のか、彼氏が、かっこよくて、モテモテだってこともよく分かりましたよ」 「!!?」 「……心のどこかで、ちょっと……優越感?あったし……はは」 藏元の人間関係で嫉妬を抱いたところでキリがない。だから、ひたすら第三者を装っていたけど、俺も人間だから割りきれないところは多々ある。そういうときはなるべく優越感に変換してしまえばいい。 ……今回は、嫉妬が上回っちゃったけど。 「あれが俺の彼氏かよまじで?って、自分すらも疑う優越感が存在するのはすごいよ、ははは」 「……成崎」 「……はい?」 カチャ 「?」 「前に忠告されたでしょ」 「?」 「ふたりきりのときは、狼に気を付けてって」 「…………?」

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