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背後に感じるあの存在感から一刻も早く離れたいとは思うけど、決して走ることはしない。 何故ならここは学校の廊下だからだ。 学生を経験している者ならば皆が1度は耳にしたことがあるだろう。 “廊下を走るな” その定番ルールで絶対ルールをあの御方の前で破ってみろ。即刑罰執行だ。 早歩きで歩き続け、漸く昇降口に到着した。靴を履きかえ、やっと普通に呼吸できる外に出られた。圧迫感から解放された俺は大きく安堵のため息を吐いた。 その息は白く浮かんで、冬はもうすぐそこなんだと思わせる。 「あービビったぁ……あの人に出くわすとか……全く想像してなかった」 「成崎、ガチガチになってたね」 繋いだ手から俺の緊張が伝わってたんだろう藏元はクスクスと笑っている。 「俺ほんとにあの人苦手……。逆になんで藏元は普通でいられるの?怖くないの?」 「うーん……怖くはないかな……?風紀委員長だし、あぁ見回りしてたんだって思ったくらいで」 「冷静だな……」 学校と寮を繋ぐ道を進んでいると、寒い夜風が吹いた。そろそろマフラー必要だな。 「……ぁさっきの、あの人との会話、ごめんな。意味不明だったろうに、合わせてくれてありがと」 「どこまでをどう合わせようか悩んだよ」 「あははっ凄い上手かった!」 空気を読むのが上手い藏元だからこそ、上手くいったんだろうな。遠慮せず自己主張しろとか言ったけど、今回ばかりは合わせてもらえて救われた。 「…………でも、」 「ん?」 「……買い物に行くって話は、冗談じゃなくてもよかったかな……なんて」 「……」 ちょっと残念そうに笑った藏元がめちゃくちゃ可愛く見えて、繋いでいた手をくんっと引っ張った。 「それなんだけどさ、……その、今週末、空いてる?」 「……え?」 「だから……あー、……買い物、つ、付き合ってほしいんだけど」 「……」 ちゃんと誘うつもりではあったけど、いざ誘ってみると緊張するというか、ちょっと照れる。ましてや、相手は藏元だし。 直視出来なくて視線を周囲にさ迷わせながら言うと、繋いでいた手が、指を絡めてきて、所謂、恋人繋ぎにバージョンアップした。 「空いてる」 「ぁ、ょよかった、です」 「絶対、空けておく」 「ぉおぅ……」 「嬉しい。はじめてだね、成崎と外出するの」 「……て言っても、あの……すぐそこの街ですけど」 あまりにも嬉しそうに笑うから、旅行か何かと勘違いされていても困ると言葉を付け足す。 「成崎と行けるなら、俺はどこでも嬉しい」 は……はぁああっ!?こいつ何……なんなんだよ!?めっちゃ幸せそうなんだけど!!今まで女子と散々デートなんかしてきただろうになんだその純粋な喜びの笑顔は!!デートとは言えそうもないこの買い出しにここまで喜ばれるとこっちが申し訳なくなるんだが!!?むしろ俺が足らないのか!?何かすべきなのか!? 「何買いに行くの?」 「あっえっと、えっと……さっき話してた、あの、話なんだけどさ」 「うん?」 藏元の笑顔の攻撃力が強すぎて、それをくらった俺は言葉が乱れまくっていた。その間も藏元は微笑んでただ優しく見つめてくる。 「風紀委員長のぉ弟が、誕生日なんだよ、もう少しで」 「へぇ」 「その子が、サッカー好きで、あの人から教えてもらってるって、……んと、だから、サッカーのプレゼントでも買おうかなって思って」 「うん。いいと思う」 「でも俺ほら、しないじゃん?だから分かんねぇから藏元に一緒に見てほしくて」 「うん。分かった」 「……ありがと」 取り敢えず、伝わってくれた? ホッとして控えめに深呼吸をする。1回呼吸を整えて落ち着こう。 「でもなんで弟なの?接点が、全然分からないんだけど」 「…………あーそれなぁ……実は文化祭のときに迷子を見つけてさ……それが弟だったんだよ」 「そうだったんだ」 「俺はたまたま見つけただけなんだけど、弟くんのほうは俺をヒーロー扱いしてくれるし、お兄ちゃんだけどお姉ちゃんとか複雑なこと言ってるし、なんでこんなことになったのか俺としてもぶっちゃけよく分かってないんだよね」 「?お兄ちゃんだけどお姉ちゃん??」 やべ。余計なこと言って墓穴掘ってしまった。 「…………ほら。……あの時の俺……酷い格好してたじゃん…………それですよ」 「あぁ。可愛い女の子になってたからか」 「……」 ギュッ 「い゛った!!」 嫌味にしか聞こえなくて、繋いでいた手の指をつねった。 「馬鹿にすんのも大概にしろよ」 「ほんとの事なんだけど……前にも言ったじゃん。成崎は脚綺麗だし、スカートは絶対似合」 「あーあーあー!!聞こえねぇえ!!大体、文化祭には本物の女子も来てたのになんで俺が、」 そこまで言ってあの時あの場に亜美さんがいたことを思い出して言葉を詰まらせた。 「……」 「写真、撮っておけばよかったね」 「えっ」 「女の子の成崎」 「そっちかよ」 亜美さんのことかと思ってしまった…… 「あの日はバタバタしてたし、撮るの忘れてたからな……。広報係の人撮ってそうだよね。誰だったっけ?」 「知らね」 実際覚えているけど、阿呆らしくなってため息を吐いた。 「えー……撮ってる人誰かいないかな……」 ……お客さんには撮られたけど今さらあの人たちがどこの誰だったのかなんて調べようがないし、俺は消去しててほしいと願っているのでそれも黙秘することにした。

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