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皆の前で名前を呼ぶことに意味があった。
堂々と言ってしまったほうが噂好きの彼らならすぐ話を広めてくれて、誤解が生んだあの噂もすぐ消えるだろうと思って、手っ取り早い方法を選んだんだ。
……が、広まる早さが早過ぎやしないか。
今朝だぞ?
名前呼びしたのはつい今朝の話だぞ?
それが、昼過ぎにはもう既に全校生徒に伝わっているようだった。廊下を歩くだけで面白半分で好奇的な視線を感じる。
妙な噂がまずい方向に行くのは嫌だったから手っ取り早い方法を取ったけども、流石に荒療治過ぎたかな……。
周囲から感じる視線が痛くて若干俯きがちに廊下を進み、職員室に到着する。扉をノックし職員室に入り、真っ直ぐ担任の机まで歩いていく。
「成崎、来まし……た……」
…………あれ?
「おー成崎ーよく来たなー」
「……あの、先生」
「なんだ?」
ズッキーは返事をしながらガサガサと書類の山を漁ってプリントを探す。
「……この惨状……どうしたんすか」
「ん?……何が?」
あったあったと一種類目のプリントの束を引っ張り出すズッキーは至って普通のリアクションだ。
誤魔化してる?ほんとに分かってない?
……聞いていいのか?聞くべきか?
「…………机の上……戻ってますけど……」
「戻るって?」
ほれ、と取り敢えず遊園地の出欠確認書を渡された。そしてまた漁り出すズッキーに俺ははっきり問うべきか悩んだ。
だってこの人、落ち込んでる感じは無いし、そもそも大人だし、この人が自ら話してくるならともかく、俺なんかが相談に乗るなんて烏滸がましい筈だ。
「……成崎、どうした?」
「…………」
「…………あ。そのことか」
「ぇ」
「綺麗好きアピールのことだろ」
「ぁいや、すいません。俺が気にすることじゃなかったっすよね。ちょっと一瞬思っただけで、聞き流してください。」
「いいんだよ。聞かれたところで俺はそこまでデリケートじゃないからな。成崎にも突っ込まれたけどさ、俺そもそも綺麗好きからは程遠いだろ」
「………………はい」
「おい、少しはフォローしろよ」
はははっと笑うズッキーは二種類目のプリントを見つけ引っ張り出した。
「だからさぁ、こっちが無理して相手にあわせて好きになってもらっても、後からボロでるだろうし疲れるだろうなと思ってな。やめた」
おぉ……理屈はそれっぽいけど、綺麗好きになるのは別に悪いことじゃねぇだろ。
「ただ、そう考えるとな…………ぁ未練はないんだけどな?」
「?」
「……裕太は、だらけた俺でも、好きになってくれたんだよな……と、少し思うときもある」
「…………ズッキー」
「いや!もう終わってるんだ!特別な感情はもうないぞ!!ただ思い出は俺のもんだろうが!思い返すくらい許してくれ!」
「誰に許し求めてんすか」
「…………すまん。成崎の冷やかな目を見るとどうしても洗いざらい懺悔したくなる」
余計なこと言ったなぁ……とぼやきながらズッキーは俺にプリントを手渡してくる。受け取るものは受け取ったので、俺がここにいる理由は無くなったんだけど……なんだかモヤモヤする。
「……ズッキーの恋バナとか、気持ち悪いんすけど」
「お前ほんと俺に冷たいよな」
「好きだったってことは、ちゃんと伝わってきましたよ」
「……ぇどうしたの急に。突然優しくされると更に怖くなるんだけど、さては成崎、俺に何かお願いでも」
「て、思ってる俺も気持ち悪い」
「優しさは気の迷いなのか!?」
俺にもうちょっと優しくしても罰は当たらないぞ!?と嘆くズッキーを放っといて、俺はそのまま職員室を出た。
多分、ズッキーは知らないんだろうな。千田の本性がどんな奴なのか。ズッキーのなかの千田は今も変わらず、可愛い優しい天使なんだよな。
ズッキーは、だらしなくて、サボることばっかで、教師らしい面なんて殆んど無いけど
「……いい人なんだよな……」
千田は、ズッキーのこと、どう思ってたんだろ……
気が落ちてしまった俺は、ここに来るときとは全然違う理由で俯いて教室へ戻る廊下を辿った。
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