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放課後、テスト期間で部活動の無い生徒たちは鞄に荷物を詰め終わるとその足で勉強会に向かったり自主勉強のための場所に移動したり寮に直帰したり、行動は様々だ。 俺はというと、勉強会に参加しない生活に再び戻るためのんびりと背伸びして、これからの予定を頭の中でざっくり立てていた。 寮に戻って、少しテスト勉強して、ご飯作って…… 「……ぁあの」 「ん?どした?玲麻」 「っ……」 「?なんか、挙動不審なんだけど……」 「まだ慣れないんだよ、名前……」 「あー……ぇ、やめた方が」 「やめないで」 「難しいですねあなた」 名前呼びは俺のなかでの1つの課題であっただけなので、それが玲麻にとって居心地悪いのなら、強要する必要もないかと思ったんだけど、気持ちの問題らしい。 「その……勉強会には参加しなくていいけど」 「うん?」 「途中まで、一緒に帰ってもいい?」 図書室までの廊下を一緒に歩きたいと? 「……それは別にいいけど」 「よかった」 安心したように笑う玲麻をちょっと不思議に思う。廊下を歩くだけがそんなに嬉しいんだろうか? 教室を出た俺たちは図書室に向かって廊下を進む。昼休みの時に感じた視線の数倍の視線を感じてまた俯きたくなる。 「明日だね」 「ん?」 「お出掛け」 「……ぁあ、だね……」 「日帰りは当日の外出届でいいんだよね?」 「おぅ」 「髙橋と出掛けた以来だなぁ」 「…………」 そうか。前に髙橋と外出してるんだ。ということは街にも行ったことあるんだ。 「……優」 「!?なな何」 「クスッ……優も慣れてないじゃん」 「っ、違、俺は今考え事してたからで」 「明日、部屋に迎えに行ってもいい?」 「ぇいやいいよ。寮の門の前で待ち合わせしよう」 「……」 なんだか、笑顔でも無表情でもない、凄く微妙な顔をしてる玲麻。 「……不満……ですか?」 「時間は?」 「……14時とか?」 「……」 今度は少し口を結んだ玲麻。ちょっと不満らしい。 「なんだよ……?」 「10時」 「はぁ!?早ぇよ!!」 「……11時」 「あの、玲麻?明日は弟くんのプレゼント買いに行くだけで」 「それは分かってるけど……少しでも長く外出を楽しみたいし……」 え?そんなに外出したかったの?玲麻は優等生だし、届け出出せばいつだって…… 「優とはじめてのデートなんだよ?」 「!!!!」 「ぁ、真っ赤になった」 俺の顔を見てケラケラ笑う玲麻の背中を思いきり叩いた。 「───っ…………!!!!」 「ほら目の前図書室だぞじゃあなっ!!」 とんでもない台詞言ったと思えば俺をからかいやがって……!もう構ってられるか! 痛みで絶句して自分の背中を擦る玲麻を放っといて、俺は昇降口のほうに向かう。 「……優、」 「なに」 「明日、11時ね」 「…………ん」 玲麻は満面の笑みで手を振って図書室に入っていった。 結局、玲麻の時間に合わせてしまった……駄目だな俺。 昇降口目指して歩きながら、今朝鞄に突っ込んだマフラーを引っ張り出す。制服のみで外に出るには流石に寒くなってきたこの頃、外に出る前にマフラーを巻き防寒対策。 ロッカーが見えてきて、2年のロッカーに突き進もうとしたらその手前で見知った顔を発見した。 ……あんまり関わりたくはないけど…… 綺麗な顔立ち、スラリとした体型、長い脚。口を開かなければ、超絶美人のその人は、ノロノロと歩きながら携帯電話を弄っている。 ……あれ?取り巻きが……ひとりもいない。 「…………ぶつかりますよ」 「…………」 手元に集中しすぎてて、聞こえてない。 「…………東舘さん」 「…………んぇ?」 「ぶつかり」 ゴッ 「ぃだっ!!」 「…………」 遅かった。廊下に設置してあったゴミ箱にぶつかって東舘さんは膝を抱え、ゴミ箱は倒れた。 「……はぁー」 この人にはなるべく近づかない方が安全なんだろうし、宮代さんも玲麻も安心してくれるだろうけど……この惨状を無視して帰ったら、人として駄目だろう。 鞄を肩に掛け直してゴミ箱の傍に屈み、ぶちまけたゴミを拾う。 「…………ごめん、なりちゃん」 「そっすね」 「……ありがとう、なりちゃん」 「……あの、あんたも拾ってくださいよ」 突っ立ったまま拾わない東舘さんを見上げたら、綺麗な顔に濃い隈があることに気が付いた。顔色が明らかに悪い。 「……大丈夫すか……」 「うん。俺のせいだから、俺がやるからなりちゃんはさっさと帰りなよ」 「いや、そうじゃなくて、具合悪そうだって話」 立ち上がって東舘さんと向き合ったら一歩後退され、視線をあからさまに反らされた。 「お節介はもういいから、外面のいい藏元くんのところにでもさっさと帰りなよ」 「は……?」 「誰かのモノになっちゃったなりちゃんとか、もう興味ねぇから。従順ななりちゃんとか、おぇえ。キモ。無理。」 「あんた何」 「もう特別扱いなんてしてあげないから。えーっと……名前なんだっけ?」 「…………過去1意味分かんねぇ」 「あーそう?分かんなくていいよ。分かってほしくないから」 綺麗で奇妙な笑みを浮かべる東舘さん。 別に俺だって関わりたくて関わってきたわけじゃないし、本人がこんなに拒絶してくるんなら俺はここから立ち去るだけだけど…… 拾った分のゴミをゴミ箱に捨てて、踵を返す。 「……なんでもいいすけど」 「……」 「歩きながらケータイ弄るの、危ないからやめてください。」 「……うざぁ」 「具合が悪いなら特に。」 「……」 「あんた学校なんてどうとも思ってないでしょ。無理して来るよりちゃんと休んでください」 「…………」 「……じゃ、生徒B帰りまーす。さようなら副会長様ー」 文句と悪口言われっぱなしも腹が立つので、嫌味を残して帰ることにした。 靴を履き替え外に出る。歩き出す。 …………何も、言い返してこなかった…… 俺は振り返ることなく寮への道を辿った。

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