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職員室に用事のある人、用事を終えて去っていく人、ただ職員室前の廊下を通過していく人。その光景をぼーっと見つめながら、職員室前の廊下で玲麻の戻りを待つ。 特にすることもなくて学校行事の連絡等が貼られている掲示板を見た。 ……今週末、例の遊園地か……予定外でこんなに雪降ったけど、溶けんのかな…… 「……ぁあの、」 「?」 背後から肩を叩かれ、これといって警戒もしていなかった俺は無防備に振り向いた。 「な、な成崎、くんっ……だよね?」 「ぇ……あ、はい……?」 そこに立っていたのは華奢な男子3人。そのうちのひとりが意を決したように口を開いた。 オロオロと、慌てているのか緊張しているのか動揺しているのか、手に持った紙袋を俺に押し付けては、ワーッと言いたいことを早口で喋っていく。何に焦っているのかは知らないが頭のなかを整理できていないのは確かだ。 言ってくることが単語だったり、継ぎ接ぎ文章だったり、擬音だったり……。 でもギリギリ、理解できる話ではあった。 「優っ」 「ぅ、わ……!」 その子と向き合って話していたら突然後ろに肩を引かれて転びそうになった。 が、俺を引っ張った張本人、玲麻がすぐ後ろにいて俺を支えた。 「っ!く、藏元様っ」 「ひゃ……!」 「……優に、何か用?」 色めき立つ3人とは真逆、真顔で3人を見据える玲麻に俺は慌てて誤解を解く。 「違っ、玲麻大丈夫!普通に喋ってただけだから!」 「……ほんとに?」 「マジだって」 「…………」 全然疑いが晴れません。嫌がらせされたのに口止めされてるって思ってる…… 「……ほ、ほら、前に、玲麻が飴いっぱい貰ってきたことあったろ!?そのときの、飴をくれた……!」 「……ぁ」 記憶を辿った玲麻は漸く表情を取り戻した。そして3人に、先程の真顔とは全く違う花開くような見惚れるほどの笑顔を向けた。 「ごめんね、俺警戒しすぎだね」 しすぎだよ。 「!!!ぃ、いえいえいえっ!成崎くんを大切にしてる藏元様なら、そのくらいの警戒はします!当然です!」 ぇ当然なの?過剰反応だろ?過保護だろ??玲麻がやるとそう思われないの?? 「むしろ、僕らのほうが馴れ馴れしく成崎くんに話しかけちゃって……藏元様に余計な心配をかけさせてしまってすみません!」 いやいや君らごく自然の態度で普通に話しかけてきたじゃん。何も謝るところなんてなかったよ。 「でもその、そ、それを、お渡ししたかっただけで、僕らは何もっ」 玲麻が現れたことで輪を掛けてテンパり出した生徒は俺に手渡した紙袋を指差して頭を下げた。 「ほんと、すみませんでしたっ」 「……俺こそ、勘違いしてごめんね」 「!!!で、ではっ僕らはっこれで……!!ぃ行こっ、」 「ううっ、うん!」 「もうヤバい!かっこいいよぉおっ……!3秒だって見てられない!」 「バカ!3秒なんて欲張り!あの距離にいれるだけで充分でしょう!?」 「話しちゃったっ同じ空気吸っちゃったっ尊いよぉ!」 「あのカップリング最っ強!!」 「推し好きすぎるぅうっ」 大いに盛り上がりながら騒がしく去っていく3人の後ろ姿を呆然と見送る。 なんだか、あの会話、あのテンション、どことなく、……奴に似ている気がする。奴に似ている生徒が他にもいるなんて俺は悪寒しか…… 「何もらったの?」 彼らの発言やテンションは完全スルーか!?お前に対しての反応だろ!?リアクション何も無しでさっさと切り替えちゃうの!? 「……あーえっと、……」 紙袋を開けて中を覗いて、2個あるうちの1個を取り出して掌に乗せる。 「……カップケーキですね」 「…………なんで?」 「俺も詳しくは聞き取れなかったんだけど、」 あの人の継ぎ接ぎ言葉を思い出す。 「応援してる?って、どうしても……気持ちを伝えたい?とか……あぁ、玲麻のファンで……ふたりが仲良くしてると嬉しい……とかなんとか」 「……へぇ……」 「まぁ、玲麻のこと好きなんだろうな。だから単にプレゼント送りたかっただけ、だと思う」 なのに玲麻だけにプレゼント送るのも気まずくてわざわざ俺にも……。気遣わせたんだろうな。 「……これ、1回袋に戻していい?」 「……食べないの?」 「は?……いや、どう考えてもこのカップケーキはお前に」 「この前の飴も、このカップケーキも、優と一緒に食べてってことでしょ?じゃなきゃ優に渡さないし、……2個入ってるし」 「……そうなの、か……?」 「どうせ袋から出したんだし、食べちゃいなよ」 「…………」 「午後の授業始まっちゃうよ」 掌のカップケーキをじーっと睨んでいたら、玲麻が悩むことないでしょと急かしてくる。 「……じゃあ」 結局結論が出せなかった俺は玲麻の意見に折れて掌のカップケーキを頬張った。 「……どう?美味しい?」 「……ん。罪悪感を差し引いても旨い」 「何それ」 「玲麻に食べてもらおうって頑張って作ったのかもしれないのに、俺が食べちゃって……その罪悪感は無くならない……」 「……じゃあ、あの子の思いが叶えば優は素直に食べれるの?」 「そりゃそうだろ。ただ、俺が食べた時点でそれはもう」 好きな人への手作りってそれくらい重要なものなんじゃないの? 俺が肩を落としかけていたら、カップケーキを持っていたほうの手首を引っ張られた。 そして、俺が口をつけたカップケーキは、そのまま玲麻の口に運ばれた。 「……!?」 「……うん、美味しいね」 「いや……は??玲麻、食べたいなら、袋に」 「俺と優、仲良しだから」 「……は??」 「付き合ってるから、半分個で同じものも食べれるんだよ」 「つ!?……おなっ……違、そういう、」 「俺たちが仲良くしてたら、あの子も嬉しいんでしょ?」 「!!??」 なんっだよそれ!?あの人は、そんな、俺らが恋人みたいなことするために作ったんじゃなくて、お前のために……!!……え?だよね!?そうだよね!?恋人あるあるにお使いくださいとかのグッズ提供とかじゃないよね!?純粋な贈り物だったんじゃないの!? 満足げに笑う目の前の王子様は、整った唇をペロリと赤い舌で舐めた。俺は考えていたことと現実が一致しなさすぎて、そのまま暫く固まっていた。

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