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チャイムが校内に鳴り響き、今日の授業の終了を告げる。
皆が賑やかに帰宅の準備や部活の準備を始めるなか、俺も例の場所へ向かうため教室を出る。
遅れて廊下に出てきた玲麻と一緒に歩き出せば、居心地悪い視線を周囲から向けられる。
これから気を引き締めて気合いを入れてあの閻魔大王に立ち向かわなければならないのに、これじゃ集中できない。
そんなに注視しないでくれよ。別に何もしないから。お願いだから、こっち見ないで……!
「どうしたの?」
「…………」
俺のソワソワした態度に気づいた玲麻が、普通に疑問に思ったらしく聞いてきた。
こいつ、他人の視線に慣れすぎじゃ……?
「はぁ……君のせいです」
「え?」
普段から人目を引く玲麻だけど、昼休みのカップケーキ事件がその目撃者によって俺たちの知らぬ間に広められていて、そのせいでいつも以上に見られている。今見られてることも恥ずかしいし、カップケーキのやりとりを見られていたということも恥ずかしい。
結論、穴があったら入りたい。
「嫌がらせでも何でもいいから、誰か落とし穴作ってないかなー」
「?誰を落とす気……?まさか、風紀委員長じゃないよね?そんなに会いたくない?」
「会いたくはないけど、あの御方を落とし穴に入れたら、そのまま地獄の門が開いて地獄に引き摺り込まれそうじゃん。そんで落とし穴の罪で拷問受けそう。だったら、普通の地獄でいいよ」
「ぇ…………ん?」
俺のファンタジー妄想が理解できなかったらしい。考えて悩んで想像して、それでも分からなかった玲麻は苦笑してこちらを見てきた。
「えっとぉ……落とし穴は、何に使う気?」
「…………なんでもないですー」
「え……?何、教えてよ」
「やだ」
「ねぇ、優」
「いーやーだー」
「気になるじゃん。優ってば」
俺モヤモヤしたままなんだけど、と言いつつも笑っている玲麻は楽しんでいる様子でそんなに困ってはなさそう。だから俺もそのまま教えてあげない。
嫌な視線から逃げるために、嫌な場所へ早足で向かう。なんとも奇妙な行動だ。
そして、周囲に生徒がいなくなった廊下の先、その扉が見えてきた。
気のせいかな。あの部屋に1歩近づく度に酸素が薄くなってきている気がする。上手く呼吸できない。指先が冷たくなってきた気がする。
あれ?俺って今、登山中?
「…………」
「……優、」
「……ハイ……」
「ふっ……大丈夫だよ。あの人だって、いきなり殴ってきたりはしないから」
首絞められたことならありますけど……
「…………」
「何その沈も……、く……?……は?あの人に殴られたことあるの?」
「……え゛?」
「……チッ……」
「!!?の、のののの、NO!!玲麻!!ストップ!!違うから!殴られたことなんてありませんから!!」
普段優しい口調で穏やかな表情の玲麻。その瞳に暗い影が落ちて、小さく舌打ちした玲麻は真っ直ぐその扉を開けに行こうとしたので、全力で引き止めた。
迫力ありすぎだろ!怖いって!!
「ごめんっ、ごめん……俺今ほんとビビってて余裕無くて会話できてない、から、変な間作って否定できなかった」
「……ほんとに?」
「ん?ぁ、うん。殴られたことはほんとに無いからっ」
「…………」
つい先程まで超怖い顔をしてた玲麻は、今度は全く違う麗しい表情で頬を優しく撫でてきた。
「……れ、ま……?」
なんか、頬を………………。
「…………」
ぁ、あれ……?今度こそ、き、……キスされ……
ガラッ
「あぁ、それでい…………ちょっと待て」
「────ッ!!!?」
「……お疲れ様です、風紀委員長」
「そこで何してる、お前ら」
この御方は本当に、最悪のタイミングで現れるっ!!!!
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