308 / 321

308

「…………」 「…………」 風紀委員長様の姿が無くなり、しんと静まり返るこの場所。呆気に取られて黙り込んでしまった俺は一番最初に何を言おうか迷った。 色々聞きたいことはあるんだが、えっと、……まずは…… 「……玲麻、そろそろいいですかね」 「……ん?」 「あの……離してもらってもいいでしょうか」 「……やだ」 「や、やだじゃなくて」 「……うーん……どうしよっかなー」 「悩むところじゃないだろ」 変に粘る玲麻に俺も悩む。この体勢じゃ話が進まない。 「色々聞きたいことあるんだけど、このままじゃ」 「このままでいいよ」 「よくねーだろ」 「なんで?」 「なんでって……顔見えないし……」 「顔見て話したいって?可愛いなぁ」 「馬鹿にしてんのか」 「してないよ。未だハグにすら慣れないところも、可愛い」 そう言ってギュウッと抱擁を強める玲麻に、これはもう問答しても駄目だと思った。 完全に馬鹿にしてる。だから、無理矢理その抱擁から逃げ出した。 「あのなぁ!そういうところが馬鹿にしてるってっ」 玲麻の腕のなかから抜け出して、多分俺の反応を見て笑っているであろう玲麻に文句のひとつでも言ってやろうと思った。 「…………玲麻?」 振り返って目に映ったのは、真剣な表情をした玲麻だった。笑っていない。俺をからかっていたわけじゃない。じゃれていたわけじゃない。 「…………あの……ど、どうした?」 「……ここで話す?」 「え?」 「聞きたいこと、あるんでしょ?」 「ぁ……うん」 「…………」 「…………」 質問があると言った俺が何も言わないから、また沈黙に戻ってしまった。 ふざけてなかった玲麻が何故先程のようなことを言い出したのか。何か思い悩んでの発言だったのだろうか。そこをまず掘り下げるべきか?それとも俺の疑問を片付けてから聞いたほうが落ち着いて聞けるだろうか? というかまずここは風紀委員会室前の廊下であるから、疑問が重なっていてすぐには終わりそうにない会話は別の場所ですべきだよな? 「移動しますか……取り敢えず」 「いいよ。どこに行こうか」 「教室、はまだ人いるかな……」 「どうだろう。もしかしたらまだいるかもね」 「じゃあ、……と」 言いかけて、慌ててその場所の名前を引っ込めた。 駄目駄目駄目。その場所は駄目。いくら人気のない場所だとしても、玲麻とふたりでなんて絶対駄目。つーか、人気ないからこそ玲麻となんて行けない。 俺が死ぬ。羞恥で死ぬ。 玲麻にも思い出……されると、俺が死ぬ。いや、思い出したくないって思われてもなんかちょっと……嫌だ。 で、結局俺が死ぬ。 どっちが何を思っても、俺がしんどいのは確実なので、“と”には絶対行かない。 「えーあー……じゃあ、俺の」 「ごめん。今日は、優の部屋には行けないかな」 「ぇ……なんか、都合悪い……とか?」 「ごめんね。今日行ったら、俺が自信ないから」 「?」 自信?……て、何の? 「分かった……?じゃあ……」 「取り敢えず教室に戻ってみよっか。それで誰かいたら、また場所考えよ?」 「ん」 教室に向かって歩き出す。放課後の廊下は、もう既に皆部活に向かったか帰宅したかで寂しいくらいに静かだった。たまに足音は聞こえても人の姿は見えず、遠くの方の音が反響して聞こえてきたのだろう。 「……あのー」 「何?」 「この状況なら1つくらいは聞けそうだから、歩きながら聞いてもいい?」 「……いいよ」 即答ではなかったものの頷いた玲麻に、少しホッとした。 次期風紀委員長とかは誰に聞かれても大ニュースだから安易に聞けないし、明日の風紀のことも風紀絡みだから聞けないし……。 だからここは、単純な疑問を聞いてみよう。 「なんで風紀委員長様にいきなり髙橋のこと言ったんだ?」 「…………」 風紀委員長様は、初めて会ったときは髙橋を気遣い俺へグサグサ攻撃してきたし、俺へ脅迫電話をしてきたときは髙橋から携帯電話を借りてると言っていた。 だから、それなりの仲なんだろうなとは思っていたけれど、その事を玲麻は知らない筈だ。 ましてや先程のタイミングで髙橋の名前を出すなんて違和感しかない。 「……ステッカーだよ」 「え?」 「……風紀委員長、出てきたとき電話してたでしょ」 「うん……?」 「…………」 「…………」 ……ぇ、何?どういうこと? 「……優」 「はい」 「これも、どこかに入ってから話そっか」 「!ご、ごめんなさい……」 「ううん。そういうところも好きだから大丈夫」 察しが悪いところを好きと言われても複雑だ。これに対しては馬鹿にするなとも言えない。実際、汲み取れない程馬鹿なのだから。

ともだちにシェアしよう!