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【1】穏やかな始まり……②

 男の後ろ姿を見送った後、惣太は商店街の周辺をのんびり歩いた。この辺りは土地の再開発が進み、アーケード型の商店街は姿を消したが、由緒のある店が路面に向かって並んでいる。  ふと漆器店のショーウインドーが目に入った。この店は創業八十年以上続く、椀や塗り箸の専門店で、漆器の他にも湯呑みや箸置きなどが並んでいた。  ――夫婦椀に夫婦箸か……。  大きさの違う椀と箸が寄り添うように置かれている。  いいなと思いつつ、あることを思い出していた。  この頃、伊武がなんでもお揃いにしてくるので困っている。  パジャマをはじめ、部屋着にスリッパ、マグカップに歯ブラシ、小物なんかもそうだ。時計や革靴、ネクタイはもちろん、スマホカバーやイヤホンまで勝手にお揃いにされてしまった。  困るのは私服で、伊武とお揃いのコーディネイトにされると、自分まで完全な経済ヤクザになるため、それだけはなんとか免れている。伊武にモテモテ愛されコーデでも、見た目がギラギラの極道コレクションでは病院に行けない。髪型だってゆるふわ系の愛されパーマじゃなくてアイパーの方が似合ってしまうような服装なのだ。  ――愛は感じるけど、なんかマーキングみたいなんだよな……。  伊武は関東一円を牛耳る伊武組の若頭でれっきとしたヤクザだが、ロマンチストの情熱家だ。恋人の惣太に対して贈り物をしては一喜一憂し、恋の本気度をアピールしてくる。尽くすのが好きなのか、寂しがり屋なのか分からないが、なんでもお揃いにしたがって、惣太の持ち物が他の誰かとお揃いだと分かると、目の色を変えて嫉妬してくる。そんな伊武の一途で焼きもちやきな所に、惣太は少しだけ困っていた。  動物のマーキングは「これは自分のもの」「ここは自分の縄張り」と、他に対して自分の所有を示す行為だが、伊武は惣太の体を己の縄張りだと思っているのだろうか。  ――俺の体はシマじゃないのにな。

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