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【1】穏やかな始まり……③

 ぼんやり夫婦椀を眺めていると後ろから声を掛けられた。なんだろうと思って振り返ると、田中が立っていて驚いた。 「惣太さん、実家っすか?」 「……ああ、そうなんだ。今、行って来た所。田中は買い物か?」 「いや、買い物じゃなくて地回り……でもなくて、ええと、ただの巡回っす。この辺りで悪事を働く輩がいないか監視してるんです」  監視? 意味がよく分からないが頷いておいた。 「そうだ。もう仕事終わったんで一緒にお茶でもどうっすか?」 「え? ……まあ、いいけど」  田中は惣太の様子を見ると急に笑い出した。 「惣太さん、やっぱ可愛いっすね。腰を屈めて、真剣な表情で夫婦茶碗見たりして。こんな食器とかでもやっぱ、若頭(カシラ)とお揃いがいいんですね。はは、可愛いなあ。カシラと仲良くご飯食べてる所でも想像してたんですか? ホント、ヤバいっすよ、それ。おでこがガラスにくっつきそうでしたよ。健気で一途で、マジ可愛い。もうこれは愛っすね、愛」 「…………」  田中は白い歯を見せてニイッと微笑んだ。  ――別にそんなふうに見てたわけじゃないけど。  自分の体がシマのように扱われてまんじりしていたとは言えない。曖昧な顔で誤魔化していると、田中が何か思いついたような様子で漆器店の中へ入っていった。店主と何やら話をしている。しばらくすると袋を持って出てきた。 「これお揃いの夫婦箸です。俺、金ないんで茶碗や湯呑みは買えませんけど、これなら大丈夫なんで。二人で仲良く使って下さいね」 「あ、ありがとう」  プレゼントしてくれたのだと分かり、胸が熱くなる。田中は優しい。かつては喧嘩に明け暮れていた不良少年だったようだが、今は伊武の部下として懸命に働いている。裏表のない素直な男で、伊武も弟のように可愛がっていた。  惣太は礼を言い、受け取ったお箸をそっと紙袋の中へ入れた。

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