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【1】穏やかな始まり……⑥

 一日の用事を済ませた所で伊武から連絡があった。今日はマンションに来てほしいと言う。惣太は田中と別れて伊武の部屋に向かった。  部屋へ入ると入口に大きなトランクが積み重なっていた。なんだろうと思っていると、伊武が声を掛けてきた。 「明日から数日間、また先生と一緒にいられるな」 「え? これって……入院準備ですか?」 「そうだ。明日、松岡と田中が取りに来てくれる」  伊武は鼻歌交じりにトランクのふたを閉め、次のケースを重ねていく。その姿を横目で見ながら惣太は溜息をついた。  伊武は明日から数日間、骨折治療で使用した髄内釘(ずいないてい)抜釘(ばってい)手術のため柏洋(はくよう)大学医学部付属病院に入院する予定だ。もちろんそのオペを執刀するのは担当医の惣太だが、伊武は二度目の入院生活が楽しみで仕方がないようだ。 「やっぱり、やめましょうか?」 「ん? なんでだ」 「……いえ」  昨今では日本も海外に倣って骨折手術で入れた金属を体内に留置したままにするケースが多く、特に高齢者では抜去しないことがほとんどだ。髄内釘で使うチタンは人体と親和性が高いため、他の金属に比べてリスクも少なく、そのままにしていても問題ない。当然、抜去しないという選択肢もあるのだ。 「また白衣を着ている先生を毎日見られるのか。ああ、幸せだな」 「…………」  伊武は自分の年齢とこれからの生活を考えて抜釘を選択した。けれど一番の理由は、働いている惣太に会えるチャンスを逃したくない、ということだろう。伊武はこの所、いつ入院できるのかとワクワクしながらスケジュール調整をしていた。その上、抜釘したチタンを加工してお揃いの指輪にしたいという。二人が出会った貴重な〝証〟だからと。  発想が斜め上すぎてついていけない。  体内から取り出した金属をマリッジリングにするなんて初めて聞いた。  ――本当にやるつもりだろうか?  伊武ならやりかねないと思っていると、不意に後ろから体を抱き締められた。 「オペしたらしばらくできないよな?」 「…………」  質問の意味は分かっている。けれど、答えるのが恥ずかしくて惣太は下を向いた。 「ん? 耳の後ろが真っ赤だぞ」 「いじめないで下さい」 「いじめてない。可愛がっているだけだ」  バックハグは表情が見えない分、相手の体温や匂いを強く感じてしまう。  伊武の呼吸音や心拍の高鳴りを察知して、同じように自分の体が熱くなった。そんな惣太を愛おしいと言うかのように、背後からほっぺたにすりすりされる。

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