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第2話

 そこに詰めかけた誰もがツリーを撮るべくスマホを掲げる。ベストポジションを巡って押し合いへし合いをするなかで、ひときわ柄が悪い男が望月にぶつかってきた。  因縁をつけられたら厄介だ。望月は通勤鞄を小脇に抱えると、寝癖がついたままの髪をひょこひょこと揺らしながら広場の外に出た。しかし、押しくらまんじゅうの状態に立ち往生しているところに橋本が追いついてきた。 「寒いし、喉が渇きません?」  喉、と鸚鵡(おうむ)返しに繰り返す。一夜漬けとはいうものの、デートマニュアルで予習してきたこういう場合の対処法が頭からすっぽりと抜け落ち、目についた自動販売機で缶の甘酒を買って橋本に差し出した。 「ごちそうします。どうぞ、温まります」 「価値観が違いすぎてついていけません。今後は着拒させていただきます、悪しからず」  と、忌々しげにスマホを操作するのももどかしげに、橋本は足早に立ち去った。 「甘酒に何かトラウマでもあるのか……?」  望月は、雑踏にまぎれゆく後ろ姿と缶を見較べて目をしばたたいた。栄養面も考慮した最良の選択のはずだったのに、ヒステリーを起こすとは女心は不可解だ。 「喉が渇いたってのは、こじゃれたカフェあたりにつれてけって意味。あなた天然系のボケかまし? それかお茶代をケチったの?」  天然ボケとは、ひょっとして自分のことかと振り向いた。すると街路樹に寄りかかった青年が、スマホをタップする真似をした。 「あなたが、もしもキレて彼女を殴ったりしたら市民の義務として一一○番しなきゃだもんな。で、目撃者の証言ってのも必要かもだから念のため待機してた……ってのは建前」    街のにぎわいぶりを紹介するレポーターのようだ。青年は大きく腕をひと振りした。 「カップルが対象のイベント会場でフラれる男なんてイタすぎて、さ。野次馬したくなるの無理なくない?」 「修羅場るのを楽しみにしていたのなら、期待に添えなくて申し訳なかった」  そう応じて腰をかっきり九十度に折れば、噴き出された。

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