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第4話
「三十歳になった去年の夏を境に……『俺より六つも年上? オッサンじゃん』などと聞こえよがしに、けなさないように。とにかく田舎の両親が結婚、結婚とうるさくなってね。おれも頃合だと婚活をはじめたんだが……」
猪口 につがれるままに熱燗をぐびぐび飲 り、
「惨敗つづきだ。収入は安定していて学歴もまずまず。結婚相手としてはお買い得のはずなのだが、必ず一回目のデートでポシャる。今夜もだ。また一から出直しだ」
椅子の背もたれにだらりと上体をあずけると、眼鏡を外してレンズを磨きはじめた。
「望月さんて意外にきれい系の男前だったりするんだ。最旬のデザインのにフレームを買い換えるかコンタクトにすればモテ期がくるかもよ」
人差し指が鼻梁をなぞりあげていった。
「最悪なのは昭和のアイドルみたいな、へんてこなヘアスタイル。少しは流行を意識しないと宝の持ち腐れってやつじゃね?」
酔うとキス魔に変身する人間は、ごまんといる。山岸はさしずめそれの変形バージョンで、額や頬にもべたべたと触れてくる。
さて、ショットバーに河岸 を変えて杯を重ねるうちに本降りになった。雨宿りしよっか、と背中を押されたとき、望月はイケイケドンドンの精神段階にあった。
目の前に出現したエントランスを勇んでくぐったものの、熱燗のあとに飲んだテキーラが足にきた。山岸に支えられてエレベータに乗るころには夢うつつというありさまで、ベッドに横たえられたとたんブラックアウト……。
泥酔状態にあったせいなのか、勃起率を測定するようにペニスをしごかれる、という淫夢を見た。
望月はぽっかりと目を覚ましついでに眼鏡をかけ直して、まごついた。ベッドの横手の壁は一面の磨りガラスで、その向こうは浴室、と自宅とは似ても似つかない間取りだ。ここは、いったいどこなのだ。
記憶をたぐり、この部屋にしよう、と山岸がタッチパネルを押したことを思い出した。
ごくり、と唾を吞み込む。利用した経験がないために確信を持てないが、もしかしてもしかすると、ここはラブホテルの一室……?
頭が真っ白になる、というのは掛け値なしの真実だ。望月はぽかんと口をあけて、試しに自分の頬をつねってみた。
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