10 / 87

第10話

「あっ、言い忘れてた。俺、美容師で、勤め先はこの近く。そのボサボサの頭をどうにかする気になったら声かけて。じゃ」 「……きみのアレをちょん切ってやる。待て、逃げる気か、戻ってこい!」  ものすごい剣幕で飛び起きたものの、哀しいかな、足がもつれる。尻餅をつき、なおも膝をにじらせたが、山岸はその間に軽やかな足どりで出ていってしまった。  ホテル代という意味なのだろう、数枚の紙幣がテーブルの上に載っていた。重石に用いられているものは、ころんとしたスノードーム。 「市販の品じゃ、なさそうだな」  スノードームを手に取って、しげしげと眺めた。ガラスの表面に商品名が浮き彫りでほどこされているあたり、それはジャムの空き瓶を利用して作ったものとおぼしい。  山岸が自ら? あの人でなしに限って、まさか。  ともあれ親指大の〝サンタクロースがトナカイを(そり)に乗せて空を(かけ)る図〟というものに、とぼけた味がある。  試しに瓶を振ると、雪に見立てたパウダーがふわふわと舞って綺麗だ。  これをこしらえたのが本当に山岸なら、あれでなかなか少女趣味な一面があるとみえる。そう思うと微苦笑にほころんだ顔が、うってかわって引きつった。  とろり、と内腿を伝い落ちたものがあったせいだ。そういえば山岸が、コンドームが破れた、と独りごちていたような。  と、いうことは、この生あたたかい液体は精液……。 「妊娠する心配がないだけまだマシか……」  みしみしという関節を励まして、シャワーを浴びにいく。ホテルを出たら薬局に直行して湿布を買おう、と腰をさすった。

ともだちにシェアしよう!