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第13話

 くちくなった腹をさすって、食後のお茶を飲む。と、他部署の男子社員が隣のテーブルでカツ丼をかき込みはじめた。豪快な食べっぷりに目を奪われるとともに、山岸に背格好が似ている、と思ったせつな、  ──アンアンさえずるオジサンは、予想外に可愛い……。  艶っぽくかすれた声が耳に甦って、お茶にむせた。 「誰がオジサンだあーっ!」  無意識のうちに、椅子を蹴倒しながら立ち上がっていた。どんびき、と雄弁に物語る視線を浴びて、空になった食器をそそくさと返却口に戻しにいく。  そこそこの会社に就職して、そこそこの給料をもらって、そこそこ出世して。そこそこの女性と結婚して、そこそこ幸せな家庭を築いて。  望月の将来設計は、ざっとこういったふうに無難をもってよしとするものだったのだが、にわかに暗雲が立ち込めたようだ。  人生にアクシデントは付き物だ。とはいうものの、はアクシデントというかわいらしい次元を通り越して、アイデンティティクライシスに陥る破壊力を有する。  かの暗黒の土曜日の朝。ホテル街をこそこそと走り抜けると、タクシーに飛び乗って家に帰った。ワイシャツをつまみ洗いしている間中、山岸にされたあれやこれやが頭の中でコマ送りで再生されて、ギャッ! と叫んでうずくまるやら漂白剤をぶちまけるやら、と大忙しだった。  午後の業務に取りかかった。それも担当する仕事のひとつだが、社内報の編集作業に取り組んでいる最中も、屈託のない笑顔がしきりに目の前にちらつく。そのたびに蒼ざめたかと思えば赤面する、というぐあいに望月の表情は百面相さながらめまぐるしく変わる。  キモくない? と女子社員が囁き交わすのももっともな話で、望月という株価は一気に底値をつけた。  ともあれ、その日も二時間ほど残業してから退社した。単身者向けのマンションに帰り着き、コンビニ弁当で夕飯をすませたあとは婚活サイトにアクセスする。  しかし、と眼鏡のレンズを磨いた。キズモノにされた躰で婚活に励むのは、欠陥住宅を高値で売りつけるような行為にあたらないだろうか。

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