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第15話
髪を切りにこい、と別れ際に言われたが、店名すら教わっていないのに行けっこない。第一、山岸透真という名前じたい偽名かもしれない。
そうだ、レイプ魔に変身する卑劣漢が本名を名乗るわけがない。
こちらの名刺は渡してある。捨てていないなら電話の一本もよこしやがれ、と言いたい。そして謝れ、腹をかっさばいて詫びろ。
などと風にもてあそばれる落ち葉のように、望月の心は千々に乱れどおしだった。
その望月が目下、たずさわっている案件のひとつは、奇しくも性の指向に関係するものだ。
近年、教育機関や職場においてLGBTについて理解を深めようという啓蒙活動が盛んになりつつある。たとえばゲイの社員が、その性向を理由に仕事上の不利益をこうむった場合を想定して相談窓口を設けている企業もすでに登場している。
マイノリティと呼ばれる社員にも相応の便宜を図るべく、オオトリ化学でも遅まきながら部長以上の役職を対象とする勉強会が開かれる運びとなった。
人事部主導で準備を進めている段階なのだが、望月も総務部を代表する形でチームに加わることになったのだ。
ところで望月の同期に田所俊夫 という男子社員がいて、彼は同性愛者だと公言している。
金曜日の夕刻、同期のよしみに甘えて、かつ実地調査の一環として取材めいたことをするために、社内の喫茶室で田所と落ち合った。
同期といっても田所は花形の部署である広報部の一員で、交流はないに等しい。ゆえにテーブルを挟んで向かい合うと、慇懃に挨拶を交わしてから本題に入った。
オフレコで、と田所は前置きしたうえで語りはじめた。ゲイを毛嫌いするばかりにパワハラに趨る上司の実例。尻馬に乗る恰好で横行するイジメ。
部ぐるみで隠蔽されかねない事案なだけに、生の声は貴重だ。
望月は熱心に相槌を打ちながらメモを取り終えると、深々と頭を下げた。
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