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第16話

「たいへん参考になりました。会社側に特に要望があれば、ぜひ」 「国家公務員の就労ルールが厳格化された話は知ってるかな。たとえば男性の職員がゲイだとカムアウトしてる同僚に『俺を襲うなよ』と言ったら即セクハラで、処分の対象になりうると規則に明記されたんだ」 「寡聞にして。不勉強で、すみません」 「うちの会社でもルールが明文化されるとありがたいだろうね。俺が隣の小便器で用を足していると、ホモが伝染るって聞こえよがしに言うやつがいるしなあ」 「幼稚なゲス野郎ですね」 「やられたら、やり返す。そいつがアレを摑み出した瞬間を狙って、よだれを拭く真似をしてやるんだ。ビビるね、覿面だね」  田所は、がははと笑うとコーヒーを飲み干した。おかわりをしたげだったので、望月は早速カウンターに買いにいった。  菫色に染まりつつある空が窓の外に広がり、眼下に視線を移すと、数珠つなぎになった車のヘッドライトがクリスマスイルミネーションを髣髴とさせる。  クリスマスと言えば山岸、と連想が働くとトレイが傾いて、危うくコーヒーをこぼしかけた。  同期の誰彼の噂話に花が咲くうちに、ここ数日来、頭を占めてやまない疑問がいちだんと膨れあがった。コーヒーにミルクを垂らし、マーブル模様が消える間に心を静める。そして、ふと思い出したふうを装って切り出した。 「個人的な質問で恐縮です。知人の……そう! 知人の話なのですが、彼は結婚願望があるいたって平凡な男なのですが、酔った勢いで、その……男性と過ちを犯してしまいまして」    ムキになってコーヒーをかき混ぜた。 「あれは単なる事故と割り切りたいのは山々なのですが、日ごとに記憶が鮮明になる事態に悩んでいるのです……だ、そうです。この場合の適切なアドバイスというものを、ご教示ねがえませんでしょうか」  知人ねえ、と田所は小粋に調えてある(あごひげ)を撫でた。  田所は、いわゆるガチムチ系だ。スーツの上からでもたくましさが際立つ彼も、男に抱かれてアンアン啼いたりするのか……。

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