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第23話

  「しっかし、見れば見るほどモッサい頭だね。大変身させたげるから楽しみにしててよ」    ターバンのように頭に巻いてあったタオルを外すと、濡れ髪をひとふさ梳きとって眉をひそめた。 「髪質も顔立ちも無視した雑なカットだなあ。まさか、自分で切ったんじゃないよね」 「ひと月に一度はちゃんと床屋に行ってる。カット料金が一律千円の」  サムい自慢、というふうに隣のセット台でカット中の客が噴き出した。反射的に縮こまる望月を励ますように、山岸がにこやかにサンプル表を手渡した。 「望月さんは髭が薄いし肌も透明感のあるクリーム色だから、このへんの」  茶色をベースに染められた髪の毛がひと束ずつ貼りつけられてグラデーションをなすなかで、まろやかな栗色のものを指さした。 「色が似合う、保証する」 「真っ茶っ茶の髪は内規に反する」 「大丈夫。少しトーンを明るくする程度だから俺を信じて任せて」 「きみの言う〝大丈夫〟を鵜呑みにすれば罠にハマるらしいな、記憶によれば」  嫌みったらしくサンプル表を押し返すと、 「さて、始めますか。ネクタイをゆるめて第一ボタンを外してくれる?」  襟足を撫であげられた。望月は咄嗟に椅子から転げ落ちかねないほど前にずれ、かたや山岸は澄ましてケープを広げた。 「驚かせたみたいでゴメン。衿をゆるめてもらわないと、これをつけづらくて」  しおらしげに眉を八の字に下げるさまにカチンときた。望月はネクタイをむしり取りついでに眼鏡を外し、椅子にふんぞり返った。 「ダイヤモンドだって研磨しなきゃ、ただの石ころ。望月さんは素材は悪くないのに磨き方を知らないせいで損してる」  ヘアダイをするとき専用の手袋をはめたのを境にして、柔和な表情が真剣なものへと変化した。  仮面をつけ替えたようだ、と望月はどきりとした。さらに、まな板の鯉という気分を嫌というほど味わう羽目に陥った。美容院に来ることじたい初めてなら、髪の毛に薬剤を塗布されるのも初めての経験だ。  しゃっちょこばっているうちに閉店になり、望月と山岸を残してスタッフも客も帰ってしまった。

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