23 / 87
第23話
「しっかし、見れば見るほどモッサい頭だね。大変身させたげるから楽しみにしててよ」
ターバンのように頭に巻いてあったタオルを外すと、濡れ髪をひとふさ梳きとって眉をひそめた。
「髪質も顔立ちも無視した雑なカットだなあ。まさか、自分で切ったんじゃないよね」
「ひと月に一度はちゃんと床屋に行ってる。カット料金が一律千円の」
サムい自慢、というふうに隣のセット台でカット中の客が噴き出した。反射的に縮こまる望月を励ますように、山岸がにこやかにサンプル表を手渡した。
「望月さんは髭が薄いし肌も透明感のあるクリーム色だから、このへんの」
茶色をベースに染められた髪の毛がひと束ずつ貼りつけられてグラデーションをなすなかで、まろやかな栗色のものを指さした。
「色が似合う、保証する」
「真っ茶っ茶の髪は内規に反する」
「大丈夫。少しトーンを明るくする程度だから俺を信じて任せて」
「きみの言う〝大丈夫〟を鵜呑みにすれば罠にハマるらしいな、記憶によれば」
嫌みったらしくサンプル表を押し返すと、
「さて、始めますか。ネクタイをゆるめて第一ボタンを外してくれる?」
襟足を撫であげられた。望月は咄嗟に椅子から転げ落ちかねないほど前にずれ、かたや山岸は澄ましてケープを広げた。
「驚かせたみたいでゴメン。衿をゆるめてもらわないと、これをつけづらくて」
しおらしげに眉を八の字に下げるさまにカチンときた。望月はネクタイをむしり取りついでに眼鏡を外し、椅子にふんぞり返った。
「ダイヤモンドだって研磨しなきゃ、ただの石ころ。望月さんは素材は悪くないのに磨き方を知らないせいで損してる」
ヘアダイをするとき専用の手袋をはめたのを境にして、柔和な表情が真剣なものへと変化した。
仮面をつけ替えたようだ、と望月はどきりとした。さらに、まな板の鯉という気分を嫌というほど味わう羽目に陥った。美容院に来ることじたい初めてなら、髪の毛に薬剤を塗布されるのも初めての経験だ。
しゃっちょこばっているうちに閉店になり、望月と山岸を残してスタッフも客も帰ってしまった。
ともだちにシェアしよう!