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第25話

  「やっと笑った。眉間にすっげぇ皺寄せて固まりっぱなしだから、こっちまで緊張しちゃったよ。さっ、あとはカット」    席に戻った望月は、鏡に鼻がくっつく寸前まで身を乗り出した。栗色の髪に縁取られた顔は、我ながら印象がまるで違う。  数丁の鋏を使い分け、おそらくずば抜けたテクニックを駆使して毛先を切りそろえ、あるいはアシメトリーに段をつけていくさまは魔術師のようだ。魅せられる。眼鏡を外しているために、華麗な鋏さばきがぼやけてしまうのが残念だ。  だからといって、しなやかな指に目を凝らすのも善し悪しだ。なめらかな指づかいが、大胆、かつ濃やかに(なか)を泳ぎまわったそれにオーバーラップすれば頬が紅潮する。 「顔が赤いね。暖房を弱めようか」  かぶりを振り、唇を舐めて湿らせた。 「美容師は離職率が高いと聞いたが、きみは固定客を摑んでがんばってるみたいだな」 「ここの店長ってトップモデルから指名がかかるすごい人で、俺の目標なんだ。接客業は正直、ストレスがたまるけど、尊敬する人の下で働けるのはモチベーションがあがる」 「あこぎなやり方で獣欲を満たすのがストレス解消法とは、天晴れな根性だな」 「皮肉られると、丸刈りにしたくなるなあ」  そう応じて、鋏をバリカンに持ち替えた。 「冗談だ。仕事柄か指が案外、荒れていて努力家の一面があるのだな、と少し見直した」    実際、鋏で切ったとおぼしい指先の傷痕が、山岸が研鑽を積んできたことを物語る。鋏が髪と戯れる音は、リズミカルで耳に心地よい。 「はい、昔風に言えばクールビューティ系の男前の出来上がり。言ったとおりっしょ、望月さんはダイヤモンドの原石だって」    おだて上手、と望月は心の中で毒づいた。安っぽいスーツと、垢抜けたヘアスタイルがちぐはぐで、どこからどう見てもモブキャラが主役ぶりたがっているようで滑稽だ。 「あした会社に行ったら大反響まちがいなし。夜にどこかで待ち合わせて、ごはん一緒して、みんなになんて言われたか聞かせて」 「生憎と、あすから当分の間は早出の残業の休日出勤で寄り道する暇などない」 「へぇえ、オオトリ化学ってブラック企業ぽいんだ」

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