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第26話

 バレバレの嘘をついて予防線を張って、と暗にからかっていることが伝わってくる目つきにムッとした。望月はネクタイを締めなおすと、通勤鞄から茶封筒を取り出した。 「きみが払いすぎたホテル代。会計を頼む」 「トータルで三万四千三百円」  ぎょっとして財布を取り落とした。 「すまない、コンビニにつき合ってくれるか。手持ちが足りない、ATMで下ろす」 「クレジット決済もできるけど?」 「クレジットは大型家電などを買うときのみに使う主義だ」 「らしい科白。じゃあ、返却期限はなしの無利子、無担保で立て替えといたげる。っていうか、おごるよ」 「年下にたかるなど沽券に関わる」 「えらい目に遭わされて俺をぶっ殺したいんだっけ? 慰謝料ってことで納得しとけば」  しかし、おごられて、と押し問答を繰り返したすえにしぶしぶ財布を引っ込めると、代わりに紙袋を押しつけられた。  まさかゴムでできた蛇の玩具で驚かすような悪戯を仕かけてくるとは思えないが、山岸は悪辣なだけに油断は禁物だ。用心しいしい紙袋を開けてみると、華奢なデザインの眼鏡のフレームが入っていた。 「レンズは自分で買ってね。ただし超極薄のを選ぶんだよ。せっかくの傑作を……」  芸術作品を愛でる手つきで前髪に触れた。 「びん底眼鏡で台なしにするのは、なしだよ。だいたい額も耳たぶも綺麗な形してるのにハンパに隠してさ、マジにもったいなかった」「わかった、これの代金もまとめて後日、清算するということでひとまず好意に甘える」 「『ありがとう』って受け取っとけばすむのに頑固だなあ。話、変わるけど光源氏っているじゃない、紫式部の」  コートを着せかけてきながら、山岸がだしぬけにそう言った。 「亡き想い人に生き写しの少女を自分好みに育てるのって、男のロマンだと思わない?」 「見解の相違だな。ロリコンの男が、いたいけな少女をたぶらかす話だろう、あれは」  望月がにこりともしないでそう切り返して数秒後、山岸は相好をくずした。 「珍回答だなあ。このあいだ飲んでるときも思ったけどさ、まじめさのベクトルが変なほうを向いてるよね、ツボを刺激される」  爽やかな笑顔が妙に眩しい。望月は半歩、後ろにずれてコートのボタンをはめた。 「遅くまで悪かった。では」 「婚活中だよね。だったらセオリー的におやすみのチュウする場面は押さえとかなきゃ」  吐息が前髪をそよがせ、上体をひねったときには頬をついばまれたあとだった。望月は舌打ちひとつ、体当たりをかますようにドアを押し開くのももどかしく、表に飛び出した。 「おやすみ。眼鏡ケースに名刺を入れといたから、暇なときにLINEしよ」  肩越しに振り向くと、山岸が道ばたでぶんぶんと両手を振っていた。中指を突き立てて返すのとは裏腹に、じわじわと顔中に笑みが広がっていった。

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