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第29話
ピーチクパーチクと、と眉間に皺が寄る。話をするなら田所としたいのだが、彼はいつの間にか隣のテーブルに避難していた。
あの人が例の? そう、あの人。女子社員たちが田所をちらちらと盗み見みしながら、意味深な目配せを交わす。微妙な悪意を感じ取って、望月は箸を休めた。
「田所さんがどうかしたのか」
全員、もじもじするばかりで誰も答えない。語気を強めて同じ質問を放つと、ようやくひとりが重い口を開いた。
「ゲイだとカミングアウトしたともっぱらの噂で、勇気があるなあ……と」
「きみたちは自分がセクハラされることには敏感なくせに他者には違うのか。特別視することが差別意識を生むと知りたまえ」
座がシラけるのを通り越して殺気立った。ほうほうの体で田所の隣に移動すると、当の田所はにやにやと鬚 をいじる。
「女子を敵に回すとは勇敢というか、損な性分というか。まっ、かばってもらってうれしかったんで唐揚げを一個進呈しよう」
「LGBTを議題とする勉強会は意義のあることだと再認識しました。よろしければ、チキン南蛮ひと切れとトレードしましょう」
といったぐあいに、にわかに打ち解けた。打ち解けついでに知恵を借りたいという衝動に駆られ、質問、と望月は右手を挙げた。
「好感度アップに尽力してくれた相手には好評だった旨を早急に報告する義務があるのでしょうか……と例の知人が悩んでいて」
田所はお茶を飲んでひと呼吸おくと、ひそひそと囁きかけてきた。
「その相手ってのは、かのヤリチン男かい」
薄紅色に染まった頬が、正解と物語る。
「曰くつきの人物には深入りしないに越したことはない。どうしても連絡がしたければ今回限りにとどめといたほうが無難だ、と律儀な地人さんに伝えてくれ」
含蓄に富んだ意見だが一応、筋は通しておきたい。なので総務部に戻りしな、トイレの個室にこもって山岸の名刺とスマホを交互に睨んだ。〈受けがいい〉とLINEの文面がこれでは、いくらなんでも素っ気ない。
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