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第30話

   熟考を重ねたすえに新しい眼鏡をかけた画像を添付しようと思いつき、自撮りに初挑戦した。山岸のID宛に送信すると、 「背景が水洗タンクというのは礼を失していたか……びっ、びっくりした!」 〈望月さんチの最寄り駅はどこ〉とたちどころに返信がきた。〈うつぎ台〉と、つられてレスして(ほぞ)を嚙む。山岸に深入りすることなかれ、と忠告されたばかりじゃないか。  おまけにその夜、帰宅してコートを脱いだところに山岸から電話がかかってきた。 「いま、うつぎ台の改札。道順説明して」 「道順? まさか……うちに来る気じゃないだろうな」 「早くナビして。寒いよぉ、凍え死ぬぅ」  哀れっぽい声にほだされた。実際、今夜は底冷えがする。望月はやむなく暖房を強め、 「駅前の通りをまっすぐ進み、ふたつ目の信号を右……」  スマホを介して誘導することおよそ五分後、エントランスのインターフォンが鳴らされた。山岸の姿がモニターに映し出されると、心臓が破裂してしまいそうなほど鼓動が速まる。正面玄関のロックを外すと、非常階段伝いに遁走を図りたくなった。  今さら居留守は使えない。門前払いを食わせる手もあるが、寒空のもとに放り出すのは忍びない。結局、仏頂面で山岸を迎え入れた。 「おじゃましまぁす。しばらく残業続きって言ってたわりには早く帰れたんだね」  先制パンチを浴びせるように皮肉られて、ぐっと詰まった。  落ち着け、早々にお引き取りねがえ。望月は自分にそう言い聞かせながら、ベランダに面したダイニングキッチンに山岸を通した。  このマンションで暮らしはじめて三年になるが、思えば両親以外の誰かが訪ねてくるのは初めてだ。お茶とコーヒーのどちらを出すべきか、発泡酒のほうがいいのか。  パニクり気味に冷蔵庫を開け閉めする望月をよそに、山岸はさっさとソファに腰かけた。そして物珍しげにきょろきょろと部屋中を見回し、本棚に目を留めると口笛を吹いた。 「俺があげたスノードーム、ちゃんと飾ってくれてるんだ。ちょっと感動したかも」 「それは……よく似た別物だ」 「しらばっくれても無駄。俺が作ったやつだもん。ほら、サンタが微妙に傾いてるだろ?糊付けに失敗しちゃったんだよね」

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