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第37話

 さしあたって塩水でウガイをしたが、気休めにもならない。犯されている最中に勃ってしまうのは自衛本能の働きによるものであり、不可抗力だが、口内発射に関しては回避できたのだ。  にもかかわらずオナホールのごとき扱いに甘んじ、しかもペニスが暴発する恐れがあるとは、一体全体どうなっているのだ。   おさまれ、と下半身に命じながらシンクの縁を摑んで立ち尽くす。そこに足音が迫った。  抱きしめられた。しゃかりきに身をよじると、力ずくで斜め後ろを向かされた。  すかさず唇が重なってきて、舌で結び目を割られた。急いで歯列を鎖した甲斐もなく、歯茎の起伏に沿って舌が舞うと侵入を許してしまう。  舌を搦めとられたうえに執拗に吸われると、くたくたと力が抜けていく。  じゃれついてきたかと思えば遠のく舌を吸い返す。ふたりのそれが混じり合った唾液が喉をすべり落ち、それとともに下着がいちだんとべたつく。  浅ましい状態に気づかれまいとできるかぎり腰を引けば、囁き声が唇のあわいをたゆたった。 「自分のやつでもザーメンの味ってうげっとなるからさ。フェラしてもらったあとにキスするのは望月さんが初めてだよ」  初めて、と鸚鵡返(おうむがえ)しに呟くと口許がほころんだ。数秒後、一転して(まなじり)をつりあげた。 「うげっ、となるものを飲ませようとするとは見下げた男だな、きみは」  足を踏んづけてやるのももどかしく、歯を磨きにいく。ややあってダイニングキッチンに戻ってくれば、すでにもぬけの殻だ。 「『見下げた男』は酷な言い方だったか?」  悪乗りがすぎたと反省して、山岸はしおしおと帰っていったのかもしれない。いま出ていったばかりなら通りに姿を現したところを呼び止めて、おやすみくらいは言ってやろう。  そう思ってベランダの手すりから身を乗り出してみたものの、眼下の通りに人影はない。  唇がひりつく。うっかりくちづけに酔いしれた余韻が残っているせいだとは思えないが、ふだんの夜にもまして寒さがこたえる。

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