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第43話

 帰宅すれば帰宅したでマンションのエントランスをくぐったとたん、立ちすくむ羽目になった。  待ち伏せに遭ったのだ。どの面を下げてきやがったと、ぶちのめしてやりたい山岸に。無視してオートロックを解錠しようとした手に、手が重なった。 「なんの用だ、簡潔に言え」 「題してアフターケアの出張サービス。もみあげのラインにこだわりがあるスタイルなのにカットして半月経つと、やっぱ乱れるね」    その、もみあげを人差し指でつつとなぞられると、寒気と快感ない交ぜに皮膚が粟立つ。 「仕事中にオカズになってもらった罪滅ぼしを兼ねて、伸びた分を切らせて?」  拝み倒されて部屋にあげた。ほだされた体を装いつつも望月は内心、突撃訪問を歓迎している面があった。  実際、玩弄されたっきりのほったらかしでは、くやしくもやるせない。貴重な休日のうちの何時間かを自分のために割いて会いにきてくれたのがうれしい、と思う心の揺らぎぐあいが不思議ではあるのだが。  山岸は持参したシートを床に敷くと、望月を早速その上に座らせた。そしてケープを首に巻き終えると、一ミリの狂いも許さない、という精緻な鋏さばきでもって、もみあげを美しく調えていく。  神経がむき出しになっているように肌が敏感になっていて、鋏がかすめるたびにぞくぞくして仕方がない。望月はかちかちになって、カットを中断させたがる自分と闘いつづけた。   先日の美容院代は結局、山岸が持ってくれたのだから、望月は厳密にいえば客ではない。  そんな相手に対してもアフターサービスを行う必要があるほど、美容業界は生存競争が厳しいのか。山岸は他の顧客の家も訪問して回るのか。  でも、とケープの端を握りしめる。山岸の勤め先は評判の繁盛店だという話だ。  閃き、視線を斜め後ろにずらす。罪滅ぼしなどと殊勝なことを言っていたが、出張費をいただくなどと称してエッチなことを要求してくるという、あくどい真似をやってのけるのが、いわば山岸の真骨頂じゃないか……?

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