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第6章 すれちがいブルース
第6章 すれちがいブルース
鮨詰めの電車がターミナル駅に着き、三割がたの乗客が降りた。ラッシュアワーのピーク時は、吊り革を確保するのもひと苦労だ。
通路の真ん中で縮こまっていた望月は、視界が開けると同時に酸欠状態から解放された気分で、スマホをタップした。
〝こしあん派〟と題された、あんパンの画像にくすりと笑った。それは山岸が今朝方、インスタグラムに投稿した画像で、朝ごはんはそれですませたらしい。
すかすかだった画像フォルダは、山岸のフォロワーになってから格段に充実した。
たとえば山岸がこしらえたスノードームの傑作選の中でいちばんのお気に入りは、かまくら遊びをモチーフにしたもので、雪んこがちょこんと座っているさまが愛らしい。
だが、ともすれば眉間に皺が寄る。色違いの歯ブラシが洗面所に仲よく並んでいる、という光景は新婚生活の象徴だと思う。
ひるがえって望月宅の洗面所が撮影現場の画像の場合は。青い歯ブラシが望月のもので、同じく緑色のそれが山岸のものだ。
ちゃっかり者め、と山岸が変顔で収まっている画像を呼び出すと目つきが険しくなる。髪の毛のメンテナンスと称して訪ねてきた一昨夜、彼は手を洗うのにかこつけてある工作をしてのけたのだ。
それは〝透真〟と書かれた新品の歯ブラシを洗面台に置いておくこと。
それを見つけたときは、腹が立つ以上に目のやり場に困った。次回は泊まっていくと宣言されたも同然で、おまけに布団はひと組しかないときている。
既成事実を作るようなやり口に、げんなりさせられるとともに怖くなる。この調子でテリトリーはおろか、心の中のやわな部分まで侵されていったら、自分はどうなるのだろう。
雨粒が車窓を斜めに走り、ビル街は鈍色 に沈んで寒々しい。あすは山岸と食事にいくことを、なかば強制的に約束させられた金曜日。
翌晩の天気予報を調べて、晴れのマークに微笑んだ。
美容院代も、眼鏡のフレーム代も結局、受け取ってもらえないずくできている。ボーナスが出たことだし、腹がはち切れる、と山岸が悲鳴をあげるまでごちそうしよう。
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